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さよならヴァイパー。生産が終了し、「最後から2番目」のヴァイパーが公開に

2017/08/25

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先日ダッジ・ヴァイパー(バイパー)最後の一台が先日ラインオフしたばかりですが、今回は「最後から2番目」のヴァイパーが公開に。
ポルシェも「100万台の一つ前」つまり999,999台目の911を公開しており、この「最後の一つ前」というのもなんとも言えない哀愁がありますね。

この「最後のヴァイパーの一つ前」であるイエローの個体は今回画像を公開したFCAのラルフ・ジルさんの友人が購入したもので、彼のインスタグラムを通じて発信されたもの。

最後の一台がラインオフする瞬間は涙を禁じ得ないものだと思われ、ヴァイパーにはただ「お疲れ様」、と声をかけたいところです。

ヴァイパーはフォードから移籍(引き抜き)したボブ・ラッツ氏が「コルベット対抗」を掲げてクライスラーにて計画し、誕生した車。
1989年にコンセプトカーが公開されたのちに1991年に販売が開始されています。
当時の日本車だと自主規制ギリギリの280馬力を誇るホンダNSX、日産GT-R、日産フェアレディZ、ちょっと後に三菱GTOが登場して湧きに沸いていた頃ですが、ダッジ・ヴァイパーはそんな時代になんと「400馬力」。

当時クライスラーはランボルギーニを傘下に収めており、ヴァイパーに搭載されるエンジン(V10/8リッター)はランボルギーニチューンによるもので、足回りもランボルギーニの手が入るなど、ランボルギーニとの関係性が意外に強い車でもありますね。



ぼくは縁あって初代ヴァイパーをちょっとだけ預かっていたことがありますが、トランスミッションはマニュアルながらも2速に入れておけばオートマティックのように簡単に(クラッチをポンと離すだけで)発進でき、普通には知る限りでは3即以上にギアを入れることがなかった、と記憶しています(確かに4速以上で走った記憶がない)。

当時のヴァイパーはサイドウインドウが「ビニール」で、フロントカウルも「外から開けられる」など「すぐに盗まれるんじゃないか」という不安のあった車ですが、もちろんこれを盗もうという勇気のある人はいなかったようです(その個体は結局登録されることはなく、仮ナンバーでずっと過ごしたのちに輸出された)。

その後一旦2010年に生産を終了し、「第二世代」ヴァイパーがSRTブランドから「SRTヴァイパー」として2012年に登場するも、SRTブランドが消滅してまた「ダッジ・ヴァイパー」に逆戻り。
なおこの時出力は640馬力というとんでもない数字を出しており、その割に重量は「ヴァイパーGTS」で1476キロと相当に軽量。
ちなみに「ダッジ・ヴァイパーSRT-10 ACR」がニュルブルクリンクで出したタイム「7:12,13」は歴代9位で、これはレクサスLFAニュルブルクリンク・パッケージ、通常モデルの日産GT-Rよりも速い数字(GT-R NISOMOはヴァイパーよりも速い)。

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