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欧州企業と日本企業との製品やデザインの差について。車、腕時計を考える

2016/09/30


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最近、ふと不思議に思うことがありました。
それは日本と欧州の企業スタイルの差なのですが、欧州の企業(工業製品)は一般的に専門性が高く、同じ会社内での価格帯が近いようです。

たとえばランボルギーニ(スーパーカーだけ)しかり、フィアット(普及車だけ)しかり、フェラーリ(スーパーカーだけ)しかり、マクラーレン(スーパーカーだけ)しかりという感じですね。
アルファロメオは最近になり価格にバリエーションが出てきましたが、もはや半分はアメリカ企業なので純粋な欧州企業とは言えないようです。

これは腕時計でも同じで、パテック・フィリップやオーデマピゲ、ロレックス、ジャガー・ル・クルトなど(これにかぎらず欧州はほとんどそうかもですが)の時計メゾンの価格帯はおおよそ自社内でのレンジが決まっています。
スゥオッチも低価格で統一されている、とういところは同じですね。
スントも「デジタルコンパス」というところではスジが通っているようです。

そこで日本のメーカーを見てみると、自動車の場合はトヨタだと一番安いものでヴィッツの150万円くらい、高いものだとアルファードの700万円くらい。
ここには5倍位の価格差があるわけですよね。
これは日産でも同じで、ノートとGT-Rだったらもっと差が大きくなります。

腕時計でも同様に、セイコーの安価なものだと1万円台で、高価なものだと数十万円であったり、カシオ・シチズンにしても同様。

かつ重要なのは「ラインアップ」「デザイン」で、ロレックスだと宝飾時計からダイバー、クロノグラフまでありますが、デザインは基本的に同じ(例外はありますが)。
ですがカシオの場合はG-SHOCKのようなゴツいデジタルからデータバンク、シンプルなもの、オシャレっぽいものまでデザインが多岐に渡ります。
つまりラインアップが限定されていたり、ラインアップが多くてもデザインが統一されていたりするのが欧州企業製品の特徴だと言って良いかもしれません。

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つまり欧州メーカーは「宝飾(ショパールなど)」「タフ(パネライなど)」といった自社のくくりの中で商品を展開するのが主流で、日本のメーカーのようにラインナップ間で価格差が何十倍もある、デジタルもアナログもクオーツも機械式も腕時計と名が付けばなんでも、というのは少ないようですね。
※トゥールビヨンなどブランドバリューを押し上げる、技術力を示すための特殊ラインアップは除外

反面日本は「上から下まで」揃えたり、様々な需要を満たすために様々なデザイン、用途、機能の製品を提供するのが特徴と言え、トヨタも商用車からハイブリッド、コンパクト、ミニバン、スポーツカー、セダン、高級車、SUVと幅広いラインアップとなります。
一方ランドローバーは「オフローダーのみ」。

要は日本のメーカーが扱う製品ラインアップと価格レンジは「非常に広く」、欧州のメーカーのそれは「狭い」ということに。
言い換えれば前者は汎用性があり、後者は専門性があるということです。

ぼくが思うに、小学校の頃習った「ギルド」とかそういったものが関係していると思われ、専門職的な考え方が「企業」という大きな括りになっても影響を及ぼしているのではと考えます。
パリでも一部地域では「花屋が退去したテナントは次も花屋でないとダメ」みたいな条例があると聞いたことがありますが、欧州は世襲制、階級制といった「超えられない壁」「超えてはならない壁=アンタッチャブル」があるようにも思われ、そこが専門性をさらに助長するひとつのバックグラウンドなのではと思うのですね。

一方アメリカでは、フォード、シボレーでもそうですが価格バリエーション、ラインナップは(日本の自動車メーカー以上に)幅広く、腕時計でもタイメックスは相当に広いラインアップです。
これはアメリカ建国の経緯と同じで欧州の「壁」に阻まれた人たちが多数だと考えられ、そのために壁をもうけない=フリーダムな現状になっているのだと思われます。
※一方でアメリカはメーカーの下に「ブランド=ビュイックやハマーなど」がぶら下がる、という独自の状況が見られる

そう考えると各国の製品やメーカーについて、その国にの成り立ちが深く影響していることが理解でき、学校で習うことも案外バカにならないな、と考えたりするのです。

なお欧州の場合は上記のように専門性が高い企業が多く、そしてその中でシノギを削るので自ずと品質も上がり、デザイン性(排他性に繋がる)が高くなる土壌があるのだと思います。
でないと生き残れない、ということですね(生き残るための方法が技術とデザインになる)。

一方日本では同じく生き残るための方法が「幅広い需要を満たす」ことにあり、価格とラインアップのプライオリティが高い、とも考えられますね。
より価格帯を幅広く(安いものを求める人には安く、高級なものを求める人にはより高級なものを)、そして同時多発的に発生する要望を満たすだけの幅広いデザインを用意する必要があり、欧州企業のように一つのカテゴリ、一つの製品について「掘り下げる」余裕が無いのかもしれません。

そこが「日本企業がデザインに劣る」とされる所以ではないかとぼくは考えており、欧州企業に比べてデザインが重視される競争環境に無かったことが日本企業の特徴であったと考えているわけです。
一般に日本企業の製品デザインはダサいと言われますが、デザインよりも価格・バリエーションが重要であり、デザインは二の次であった、という環境がその原因だと言えるのかもしれません。

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