ad-728



>ランボルギーニ関連ニュース・ネタなど >ランボルギーニ・ウラカン関連 >ランボルギーニ・ガヤルド関連 >ほかランボルギーニ(ムルシエラゴ、ディアブロ他)

イタリア・ランボルギーニ博物館に行ってきた。F1マシン、レースカーの展示を紹介

2017/05/07

Pocket
LINEで送る

ランボルギーニ博物館、2F展示のうちレーシングカー編。
ランボルギーニは「フェラーリに対抗して車を作り始めた」という歴史上、フェラーリのコアである「レース活動」を(フェルッチョ時代には)公的に行うことをしなかった、と言われます。
ただしそれは設立者であるフェルッチョ・ランボルギーニの意向であり、社内にはやはり「レースをやらないと」という向きもあったようですね(イオタはその一つの例で、ミウラの外装はカモフラージュであったとされる)。

なお1970年台前半にはフェルッチオ・ランボルギーニの手を離れることになるランボルギーニ社ですが、1989年(クライスラー時代)からF1向けにエンジン供給を開始。
マクラーレンにエンジンを供給する話もあり、当時アイルトン・セナがランボルギーニのV12エンジンを欲しがったという逸話もあるそうですが、残念ながら1992年にはエンジン供給も停止することに。
なおこの間にエンジンを供給したチームはラルース、ロータス、リジェ、モデナ(ワークス)、ミナルディ。
※下の画像はマリン用V12エンジン

その他ではスーパーGT、そしてガヤルド発売後はランボルギーニのレース部門「スクアドラ・コルセ」の管轄にてワンメイクレース「スーパートロフェオ」を開始し、現在では使用する車両についてウラカンへとバトンタッチしています。

なおウラカンにおいては設計時からモータースポーツを意識していたようで簡単に外装を外せるようになっており、レース時のメンテナンスが容易となっていますね(ウラカンのレースカーはダラーラとの共同開発)。
ウラカンではスーパートロフェオの他「GT3」規定に沿う車両を提供しており、先日「201台目の」レース用ウラカンをラインオフした、と報じられたばかり。

なお現在のランボルギーニ社CEOはフェラーリF1チームの元代表、ステファノ・ドメニカリ氏であり、氏は就任後に「レースはランボルギーニのDNA」とも語っているので、今後さらにランボルギーニによるレース活動は活発化するものと思われます。

関連投稿
ランボルギーニ大阪さんにて、ウラカン・アヴィオとスーパートロフェオ
ランボルギーニが201台目のレースカー(ウラカンGT3)をラインオフ。市販車と同じラインで製造

ランボルギーニ・ミュージアム/工場訪問 関連コンテンツ

ちょっとランボルギーニ本社に行ってくる。2017年2月にフェラーリとあわせて訪問予定
ちょっとマラネロ行ってくる。フェラーリ博物館、エンツォ博物館の行き方など
ランボルギーニ/フェラーリ工場訪問当日のスケジュール確定。これから航空券の手配開始
ちょっとフェラーリにも行ってくる。ランボルギーニとあわせてミュージアム訪問予定
気がつけば近づいてきたランボルギーニ本社訪問。工場、博物館について
イタリア・ボローニャに到着。空港内にはランボルギーニの展示も
ランボルギーニ本社工場を訪問。プロトタイプが走っていたりオープンな件
ランボルギーニ本社へ行く。併設ミュージアムの様子を画像と動画で紹介
ランボルギーニ・ミュージアムにて、ミウラ、カウンタック他クラシックモデルを画像にて
ランボルギーニ・ミュージアムにて。「全部カーボン」セスト・エレメントの画像
ランボルギーニ・ミュージアムにて、ミウラとミウラ・コンセプトの新旧対決
ランボルギーニ・ミュージアムにて、アヴェンタドールのベアシャーシ画像
ランボルギーニ・ミュージアムにて、超レアなヴェネーノの画像
ランボルギーニ・ミュージアムにて。もうじき市販のウルスを画像で紹介
ランボルギーニ・ミュージアムにて。悲運のエストーケを画像で紹介
ランボルギーニ・ミュージアムより、「レヴェントン」を紹介。戦闘機と同じ塗料を使用
ランボルギーニ・ミュージアムにて。ディアブロ、ムルシエラゴを画像で紹介
イタリア・ランボルギーニ博物館にて。レアモデルのコンセプトS、カーラを画像で紹介
イタリア・ランボルギーニ博物館にて。F1マシン、レースカーの展示を紹介
ボローニャからドバイへ。空港内のランボルギーニ、免税店のミニカー

->ランボルギーニ関連ニュース・ネタなど, >ランボルギーニ・ウラカン関連, >ランボルギーニ・ガヤルド関連, >ほかランボルギーニ(ムルシエラゴ、ディアブロ他)
-, , , , , , ,