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イタリア・ランボルギーニ博物館に行ってきた。F1マシン、レースカーの展示を紹介

2017/03/05

ランボルギーニ博物館(ムゼオ・ランボルギーニ)、2F展示のうちレーシングカー編。
ランボルギーニは「フェラーリに対抗して車を作り始めた」という歴史上、フェラーリのコアである「レース活動」を(フェルッチョ時代には)公的に行うことをしなかった、と言われます。
ただしそれは設立者であるフェルッチョ・ランボルギーニの意向であり、社内にはやはり「レースをやらないと」という向きもあったようですね(イオタはその一つの例で、ミウラの外装はカモフラージュであったとされる)。

なお1970年台前半にはフェルッチオ・ランボルギーニの手を離れることになるランボルギーニ社ですが、1989年(クライスラー時代)からF1向けにエンジン供給を開始。
マクラーレンにエンジンを供給する話もあり、当時アイルトン・セナがランボルギーニのV12エンジンを欲しがったという逸話もあるそうですが、残念ながら1992年にはエンジン供給も停止することに。
なおこの間にエンジンを供給したチームはラルース、ロータス、リジェ、モデナ(ワークス)、ミナルディ。
※下の画像はマリン用V12エンジン

その他ではスーパーGT、そしてガヤルド発売後はランボルギーニのレース部門「スクアドラ・コルセ」の管轄にてワンメイクレース「スーパートロフェオ」を開始し、現在では使用する車両についてウラカンへとバトンタッチしています。

なおウラカンにおいては設計時からモータースポーツを意識していたようで簡単に外装を外せるようになっており、レース時のメンテナンスが容易となっていますね(ウラカンのレースカーはダラーラとの共同開発)。
ウラカンではスーパートロフェオの他「GT3」規定に沿う車両を提供しており、先日「201台目の」レース用ウラカンをラインオフした、と報じられたばかり。

なお現在のランボルギーニ社CEOはフェラーリF1チームの元代表、ステファノ・ドメニカリ氏であり、氏は就任後に「レースはランボルギーニのDNA」とも語っているので、今後さらにランボルギーニによるレース活動は活発化するものと思われます。

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