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「改良版ミウラ」、1969年製ランボルギーニ・ミウラP400Sが競売に登場!元ランボルギーニのテストドライバーの協力を得て当時のコンディションへと復元

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「改良版ミウラ」、1969年製ランボルギーニ・ミウラP400Sが競売に登場!元ランボルギーニのテストドライバーの協力を得て当時のコンディションへと復元

| ボディカラーは「ロッソ・ミウラ」、これまでに2度のレストアを受ける |

最後のレストアに協力したのはかのバレンチノ・バルボーニ

さて、2月にパリにてRMサザビーズが開催するオークションにランボルギーニ・ミウラ P400Sが出品予定。

ランボルギーニ・ミウラは1965年に若きデザイナーやエンジニアたち、つまりジャン・パオロ・ダラーラ、パオロ・スタンツァーニ、ボブ・ウォレス、そしてマルチェロ・ガンディーニたちが集まって作られたクルマですが、元祖ミドシップスーパーカーだと考えてよく、このクルマによって現代にまで続くスーパーカー競争が幕を開けることになるとは、当時開発に携わった誰一人として考えなかったかもしれません。

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発表当時は「シャシーだけ」だった

なお、ランボルギーニ・ミウラがはじめて公の場に登場したのは1965年のトリノ・モーターショーで、その際に展示されたのはボディのない「ローリングシャシー」。

そして1966年のジュネーブ・モーターショーにて、ようやく市販モデルに近いプロトタイプが発表され、そこでこの美しいスーパーカーは熱狂的な反応とともに迎えられることになったわけですね。

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ちなみにミウラのデザインは当初からマルチェロ・ガンディーニだと決まっていたわけではなく、1964年に開催されたパリ・モーターショーにて、パオロ・スタンツァーニとジャンパオロ・ダラーラの2人がアルファロメオ・カングーロ(下の写真)を見て、このクルマを手掛けたデザイナーにミウラのデザインを依頼しようと決めたのだそう(そのデザイナーがベルトーネに在籍していたマルチェロ・ガンディーニその人であった)。

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そして初期モデルが275台が生産された3年後の1968年、再びトリノ・モーターショーにて改良型にあたるミウラP400Sが発表されることになり、外観上ではベルトーネ・バッジの変更、ヘッドライト・ベゼルとウィンドウ・トリムのクローム化など。

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インテリアでは、シート表皮の改良、ルーフのスイッチレイアウトの変更、パワーウインドウの追加、ランボルギーニ初のオプション装備であったエアコンなど、幅広い変更が行われています。

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4.0リッターV型12気筒エンジンは、初代のミウラP400から基本的に変更されておらず、しかしカムシャフトやチューニングが変更されることで370psに向上し、最高速度276km/hを発揮するようになったことがトピックです。

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ちなみにミウラP400の「P」とは「Posteriore(ポステリオーレ)」つまり後方配置=ミドシップを意味しており、カウンタックなどに採用される「LP」は「Longitudinale Posteriore(ロンギチューディナル・ポステリオーレ)」=縦置きミドシップを意味します。

つまりミウラには「L」がなく、それはエンジンが縦置きではなく横置きだからであり、そのためにシフトリンケージなどの取り回しは困難を極めたようですね。

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ランボルギーニ・ミウラには特徴的なディティールが数多く備わる

なお、ランボルギーニ・ミウラには現代のランボルギーニにも通じる特徴的なデザインが数多く見られ、たとえばこの「ハニカム」もそのひとつ。

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このサイドアンダーの形状は後のガヤルドのサイドブレードやキー、ウラカンのサイドステップ形状にも反映され、アヴェンタドール「ミウラ・オマージュ」においてもそのカラー(シルバーもしくはゴールド)が再現されています。

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ちなみにこちらはガヤルドのキー。

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このルーバーも「形を変えて」のちのランボルギーニ各モデルに引き継がれていますね。※このルーバーには機能上の理由が存在する

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そのほか、これはミウラ特有のものですが、ヘッドライトの「まつ毛」もミウラを語る上では外せないもの。※このまつ毛はコストが掛かりすぎたため、後に廃止されている

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この「ルーバー」はBピラーにも使用されており、ルーバーの一部がドアオープナー(グリップ)を兼ねるという秀逸なデザイン。

昔からイタリア車はドアハンドルが見えることを好まなかったようですね(給油口を隠す傾向が見られるのもイタリア車の特徴で、ミウラの場合はフロントフード上のルーバーの中に収納されている)。

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出品時のシートによると、今回出品されるランボルギーニ・ミウラ P400S”シャシー4155”は、P400Sの生産初期に製造された個体であり、1969年8月6日にランボルギーニの工場を出荷され、ボディカラーはロッソ・ミウラにネロ、インテリアはベージュのクロス、そしてフェイクレザーのインテリアにて仕上げられています。

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新車当時はブレヴィグリエリ博士なる人物が購入したという記録がありますが、同博士は以前からP400Sを所有しており、1970年1月にピエトロ・マンフリナート博士に売却するまでの数カ月の間のみこのミウラP400Sを所有していたとされるので、買い替えサイクルがかなり早い人であったようですね。

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1971年4月には、ウバルド・ガルデッリ氏に売却され、1982年1月にサッソー・カー(Sasso Car)が買い取るまで10年以上にわたってこのミウラを保管することに。

1986年1月には、有名なコレクターであるピエル・パオロ・アピチェッラ氏がこのランボルギーニ・ミウラP400Sを購入していますが、その後1990年代半ばにボローニャのオフィチーナ・サウロによってレストアされたと推測されています(このあたりの記録はないようだ)。

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更にその後の1999年には、当時ヨーロッパで最も重要なコレクションのひとつとされていた「グヌッティ・コレクション」に加わり、2014年5月に現在のオーナーがこのミウラP400Sを譲り受けています。

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そしてこのミウラP400Sは、2015年の1年を通じてコンクール・コンディションに状態に戻すための改修作業が行われ、ランボルギーニの元チーフテストドライバーであるヴァレンティーノ・バルボーニ氏と協力しつつ、必要なレストアを行うことに。

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付属するヒストリーファイルの請求書によると、このミウラP400Sはモデナのサルヴィオリにあるトップモーターズによって、エンジンオーバーホールを含む31,528ユーロ相当の整備を受けたことが証明されており、コレクションとしては理想的な個体だと言えそうですね。

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参照:RM Sotherby's

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