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スバルはかつて国内販売の2/3を占める軽自動車を切り捨てた!それが現在の躍進に繋がり、スバルをより強くすることに

投稿日:2020/03/24 更新日:

| スバルが決めたのはたった2つのことだった |

President Onlineにて、「スバルがメイン事業だった「軽自動車」から見事に撤退できたワケ」という記事が掲載。
スバルは世界的に見ても非常に珍しい自動車メーカーで、コンパクトカーやSUV、ミニバンといった「人気カテゴリ」から撤退してワゴン(とセダン)に注力しているという会社。

おまけにエレクトリック化についてもコストを割かず、「必要であれば他から技術を買ってくる」というスタンスです。

つまり、世の中の流れやヒット商品に日和ることをせず、水平対向エンジンやシンメトリー4WD、ワゴンといった「自分たちの強み」をとことん追求し、「メインでなくてもニッチで十分」という割り切りを見せた会社でもあり、現在の殆どの自動車メーカーが取る「多様化に対応」「CASE対応」という経営方針とは距離を置いているわけですね。

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スバルは2つの決断をした

今回の記事では、「軽自動車ばかりが売れる」中で異例の「軽自動車撤退」を決めたスバルについて触れていますが、その内容について紹介したいと思います。

記事によると、コトの発端は2006年にスバル社長に就任した森郁夫氏の決断。
同氏は2010年までの中期計画として「スバルらしさの追求」「グローバル視点の販売」を掲げたそうですが、文字だけ見ても、この方針が現在のスバルを作り上げたのだと推測可能。

それまでのスバルは「技術にプライドがあるあまり」生産や販売現場の意見を軽視してきたそうですが、ここからスバルは「販売現場」の意見を聞くようになり、スバルが支持される理由について考え直し、それを製品に反映するようになったのだと思われます。

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そして、ここで森郁夫社長が決断したのが「軽自動車市場からの撤退」「アメリカ重視」。

ひとつは軽自動車からの撤退

2007年だと、スバル(富士重工)の国内販売台数は225,818台で、そのうち軽自動車が占めていたのは140,990台だそう。
実に62%を占める軽自動車の開発と生産をやめるという大胆な決断です。

ただ、これには理由があり、当時のスバルの国内販売はピークの35万台から22万台レベルまで減少していて、この台数だと「軽自動車から普通車までを開発・生産するのは難しく」、とくに価格の安い軽自動車は”50万台は売らないと”元が取れなかったと記事中にて記載がなされています。※この時点でグローバル販売がどれくらいの規模であったのかはわからない

しかしながらスバルは「スバル360のヒット」という亡霊に囚われて軽自動車事業から撤退できず、しかし森郁夫社長は、スバル360の50周年という記念すべき年に勇気を持って軽自動車撤退を決めたということになりますね。

そうするとスバルのディーラーは「売るものが無くなってしまい」利益が減るので(スバル本社はグローバルでモノを見れるものの、国内ディーラーはそうではゆかない)、ダイハツからのOEMによって手間を掛けずに軽自動車を継続するという方法を採用したそうですが、これも「トヨタの出資を受け入れたから」採用できた手法でもあり、スバルはこのあたり「かなりうまく立ち回った」と考えて良さそう。

このあたり、ヒット商品が「オデッセイ」→「ステップワゴン」→「フィット」→「N-BOX」といった感じで、どんどん価格が安く儲からないクルマにシフトしたホンダとは真逆の戦略と言えるかもしれません。
加えてホンダは提携を嫌い、なんでも自社で開発し(そのためにコストが嵩む)、しかしスバルは「自社の強みを活かすため、他社を活用できるところは惜しみなく活用する」という方針を持っているところもまさに「反対」。

もうひとつはアメリカ向けの車種開発

そして軽自動車撤退とともに決断したのが「アメリカ重視」。
正確に言うならば、アメリカ重視のために軽自動車から撤退したということになりそうですが、これまで軽自動車に割いていたリソースをすべてアメリカ向けのクルマの開発に振り分け、同時に「車体を大きくする」という判断も下しています。

これが「5ナンバーサイズの廃止」につながったのだと思われ、当時相当に(消費者から)叩かれたわけですが、今思うと「あの5ナンバー信奉論はなんだったんだろうな・・・」という感じですね。

結果として大きくなったレガシィ・アウトバックはアメリカで大ヒットを記録し、そのユーティリティの高さ故かリセールも高くなり、これによって「スバルは高く売れる」という認識が根付いてさらに人気化することに。

実際に北米ではスバル車に対する満足度が非常に高く、スバルオーナーが「またスバルを買う」と応える比率は非常に高い、とも言われます。

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さらに記事中ではスバルの北米法人のトム・ドールCEO(スバルで37年も働いているらしい)の言として、「我々の顧客には、アウディやBMWからの乗り換えも少なくない。これは他の日本車には見られない現象だ」というものも紹介。
たしかにこれには納得できる部分もあり、スバルが北米の志向を重視してきた結果だと言えるかもしれません。

なお、多くの自動車メーカーは「誰も欲しがらない」EVを作ったり、メーカー主導の考え方による「プレミアムカー」を作ったりしますが、それらはいずれも消費者が求めるものを形にしたわけではなく、自動車メーカーによる「メーカー都合の押しつけ」だとも考えられます。

ただ、スバルの場合は、そういった「メーカー側の事情を消費者に押し付けるのではなく」「消費者側の事情をメーカー(スバル)が形にした」というところが多かったのでしょうね。

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スバルは一時、「作れども作れどもクルマがすぐに売れてしまい、ディーラーからいつも”早く作れ、もっと作れ”とせっつかれていた時期があり(現在は北米工場の生産規模が大きくなったのでそういったことも解消された)、それはスバルの社長(どの代だったかは忘れた・・・)が北米を訪問する際に「ディーラーから袋叩きにされるだろうから、ヘルメットを被ってゆかないといけない」と発言していたほど。

他社に押されてシェアを縮小させるだけだったスバルが一転して他社を圧倒することになったわけですが、そこには「自社の強みを理解し、それを前面に押し出した製品を作った」「消費者の声を聞き、本当に必要とされるクルマを作った」ことが理由として考えられ、その基礎を作ったのは「国内販売の2/3を占めていた軽自動車をを捨て去った」ということになります。

情に流されたり目先の利益だけを考えているとこういった判断は(とくに社を預かる経営者であれば)難しいとは思いますが、かつてスティーブ・ジョブズが「私は、自分が成し遂げたことと同じくらい、何をしないと決め、やらなかったことも誇りたい」という趣旨の発言を行ったように、前に進むために何か(ときには大きなもの)を切り捨てるということは非常に重要なのでしょうね。

VIA:President Online

 

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