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「未来を想像するものだけに未来が訪れる」。ただ、ボクは子供の頃にはフェラーリを買う自分など想像すらできなかったな

投稿日:2022/04/24 更新日:

フェラーリ

| 人生において、多くのことは前もって知ることができない |

ボクは、自分の人生を他人任せにしない

「未来を想像するものだけに未来が訪れる」。

これはかのエンツォ・フェラーリの言葉ですが、フェラーリを注文した今、「ぼくはフェラーリを購入するという未来を想像していたのだろうか」とふと思ったりするわけですね。

これについてはイエスであるともノーであるとも言え、「ノー」という部分だと、ぼくが子供の頃はフェラーリをまさか購入するとは夢にも思っていなかったため。

ぼくはスーパーカーブーム世代の真っ只中ではあるが

ぼくは幼少期をスーパーカーブーム世代真っ只中にて過ごしていて、当時はほかのキッズ同様にスーパーカーに対して熱をあげたものですが、それでもスーパーカーを買うということは考えもしなかったと記憶しています。

それはつまり「スーパーカーとは遠い世界の乗り物であって、自分が住む世界とは異なる事象の産物である」と考えていたためかもしれません。

よくスーパーカーオーナーの中には「子供の頃に見たスーパーカーに憧れ、どうしたらそれを買えるかを考え、そのために努力してスーパーカーを購入したという方々がいらっしゃいますが、ぼくが子供だった頃、「どうしたら買えるのかを考えることすらも想像できなかった」というのが偽らざるところで、それくらいぼくにとってスーパーカーとは(近くて)遠い存在だったということになります。

ただ、それでもスーパーカーは大好きだったので、ミニカーの収集・改造や、プラモデルそしてラジコンカーの製作は数え切れないほど行っており、つねにぼくのそばには何らかの形でスーパーカーがあったのもまた事実。

しかし当時を振り返ってみると、スーパーカーに乗りたい(運転したい)という願望は抱いたことがないように思われ、ミニカーやプラモデル、ラジコンカーで満足していたことを鑑みると、ぼくは「自分でスーパーカーを運転する」よりも「スーパーカーの形が好きで、それを眺めていたい」だけの少年だったのかもしれません。

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ぼくは自分の人生を他人任せにしなかった

そして「フェラーリを購入するという未来を想像していたのか」という問いに対する「イエス」の部分ですが、そう言える理由は「ぼくは自分の人生を他人任せにしなかったこと」。

スーパーカーに乗っているというとよく言われることのひとつに「オレも宝くじ当たったら買うわ」というものがありますが(Youtubeの動画へのコメントでもけっこう多い)、ぼくは宝くじが当たることに期待せず、また「給料が上がらない」と文句を言いながら毎日嫌々会社に行くことをやめ、ある日とつぜん、自分の人生に対するリスクをすべて背負い、自分で自分の人生を切り拓くことにしたわけですね。

ただ、これもスーパーカーを買おうと思ってではなく、単に「人に使われるのが嫌だったから」「失敗してもいいから自分の好きなように生きたかったから」というだけのシンプルな理由です。

ぼくは(とくに会社で)嫌なことをしたり、嫌なことを考えて過ごすことほど無駄なことはないと考えいて、そんな労力や時間があれば前に進むために使いたいと考えているため(まさに”討論は知識の交換だが、口論は無知の交換”である)、いろいろなものとは距離を置くことにしたのですが、結果的にそれが自分の性に合っていたのだと思います。

イエローのランボルギーニ・ウラカン

そう考えると、明確に「スーパーカーを買う」という目標や目的を持って人生を歩んできたわけではないものの、「自分のやりたくないことをしない」と決めて未来に向けて進んだことがスーパーカーの購入に繋がったのかもしれません。

そしていまぼくが乗っているランボルギーニや、注文したフェラーリは、ぼくが子供の頃に熱中した「ミニカーやプラモデルや、ラジコンカー」が大きくなっただけのものだとも考えていて、今でもクルマに関しては「運転するよりも見ている方が好き」なのですね(反面、バイクは見ているよりも運転するほうが好きだ)。

そしてこういった傾向を考慮するに、子供の頃「スーパーカーのスケールモデルを常に身近に置いていた」のは、ぼくの未来を明確に予見する行動であったのかもしれません。

ちなみにですが、当時何かをやりたかったわけではなく、今もやりたいことなど見つかっていない(おそらく一生見つからないだろう)状態ではありますが、これで人生ここまでなんとかなったのは自分でもちょっと不思議。

ただしこれから何が起きるのかはサッパリわからず、しかしぼくは自分の人生に対して責任を取る覚悟が出来ているので、これまで人生を人任せ、状況任せにしなかったのと同様、これからも自分で選んだ道を歩んでゆこうと思います。

そう、自分の未来だけを思い描き、前だけを見て。

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