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スバルの「4WD」はもともと東北電力の依頼によって誕生した!今や4WD世界販売の15%を占め「最も売れる4WD」になるまでの物語

投稿日:2019/12/26 更新日:

| スバルは知れば知るほど面白い会社だ |

さて、プレジデント・オンラインにちょっとおもしろい記事があったのでここでも紹介したいと思います。
その記事の内容としては、「スバルはなぜ4WDを作るようになり、4WDで成功したか」。

スバルは日本で初めて一般向け(乗用車という意味での)4WDを製造販売した会社だそうですが、もともと4WDを販売しようという計画があったわけではなく、「必要に迫られて」4WDを製造したのがその原点だそう。

記事によると、1968年に(当時)富士重工の正規ディーラーである宮城スバルへ、東北電力から「冬季に山の中ので送電線保守作業をする必要があり、既存の前輪駆動車を4WDに改造できないか」という依頼があったのがそもそもの始まり。
当時、東北電力は宮城スバルにとって大手客であり要望を無下に断ることはできず、宮城スバルの整備課長がこれに挑戦することになって、ここに「スバルの4WD」に関する歴史がはじまった、ということになります。

なお、いちディーラーが公的に「改造車」を作るというのは今からすると考えにくいことですが、当時はかなり自由な空気があったようで、「マツダスピード(MAZDASPEED、当時は”モータースポーツ相談室”)」もマツダの正規ディーラー、マツダオート東京がはじめたモータースポーツ活動が原点ですね(奇しくもスバルの4WD化と同じく1968年にスタート。なお1982年にマツダ本社の資本が入って独立)。

スバルは1970年に4WDを実用化

ちなみに当時「ジープ(1941年に登場)」も日本に入っていたそうですが、大きく重く、壊れるとパーツをアメリカに発注する必要があり、実用性に欠けていた、とのこと。
さらに記事では「世界初のガソリンエンジン搭載4WDは1902年に、オランダのスパイカーが作った」とも述べていますが、これはまったくの初耳であり、意外な事実でもあります。

スパイカーがC8 Aileron生産終了に伴い記念モデル発売。ボディはレトロな航空機っぽくリベット留め

そして宮城スバルは、すでに日本に入っていたジープを参考に、FF車を4WD車へとコンバートしようと試みるものの失敗の連続。
ようやく完成したプロトタイプをスバル本社に持ち込んだところ、スバル本社がこのプロジェクトを引き取ることになり、そこから1年かけて熟成を進め、1970年にスバル1300Gをベースにした「11台の改造車」を東北電力に収めることに成功。
これが商業的には「初」の乗用車における4WD車販売だと言えそうです。

なかなか一般に4WDは受け入れられない

その後スバルは4WD構造を持つブランニューモデル「レオーネ」を1971年に発売し、翌1972年には4WDモデル「レオーネ4WDエステートバン」を発売。
ただ、当時は4WDのメリットがなかなか消費者に伝わらず、販売面ではおおいに苦戦したといいます。

つまりスバルとしては「乗用車の4WD」として発売したものの、消費者としては前例のない車であり、かつ4WD=ジープという認識があったようで、山を走ったり水の中に入ろうとするケースが続発したそうですが(スバルの4WDはそういった用途が考慮されていない)、とにかく「4WDはの乗用車」という概念が受け入れられるには時間がかかったようですね。

なお、スバルは現在4輪駆動について、「4WD」ではなく「AWD」という表現を用いています。
これについて「4WDという言葉はオフローダーを連想させるから」と言うコメントが発せられていて、これもスバルが「苦戦し、考え抜いた結果」なのかもしれません。

アウディが4WDに対する認識を変えた

そしてその後1980年にアウディが画期的な4WDシステム「クワトロ」を発表していますが、これは「スタイリッシュな高性能車」。
アウディがクワトロをして「オフローダーではなく、オンロードを走る4WDであり、いかにクワトロシステムが優れているか」を世界中でアピールしたために世界中の「新しいもの好き」な人々、お金持ちが飛びつくことで4WDに対するイメージが変わった、といいます。

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なお、この「クワトロ」を考えて実用化したのはポルシェ一族のフェルディナント・ピエヒ氏であることもよく知られていますね。

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さらにスバルにとって好都合だったのは「スキーブーム」。
記事では1982年には600万人だったスキー人工が1998年には3倍の1800万人にまで増加していて、これもまたスバルの追い風になったと結論づけています。

スバルはその優れた戦略によって独特のポジションを築くことに成功

そしてスバルは「トヨタやホンダとは勝負せず」、市場の1%でもいいから確保すれば生き残れるという考え方のもと、水平対向エンジンやシンメトリー4WDを追求し、それを表に押し出している会社。

競争の厳しいミニバンやコンパクトカーからも撤退して「徹底的に」強みだけを生かしたビジネスを行っていますが、その結果として「世界の4WD車の15%がスバル」となり、アウディを抜いて「もっとも4WD車を売ったメーカー」に君臨しています。

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そして独自のファンが付くことで「値引きせずに売れる」クルマを作ることに成功し、今ではほかの自動車メーカーに「ベンチマークと目される」までにも成長することに。

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さらに「ワゴン市場」でも圧倒的な強みを誇っていて、その存在を脅かすものすらいない、というのが現在のスバル。※ラインアップの60%くらいがワゴン
スバルは「できることだけを極める」「採算性の低いところには(いかに市場規模が大きくとも)出てゆかない」「お金のかかる(ハイブリッドのような)技術は自社で開発せずに他から買う」という方針を持っているように見られ、ここまで割り切った自動車メーカーも他にないかもしれません。

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加えてスバルは「一般受け」よりも「こういったクルマを好きな人が必ずいるはずだ」というニッチを狙う傾向があり、つまりは「大手ができないこと、やらないこと」を見つけるのが非常に上手。
そのため、これまでにも数々の革新的なクルマを世に送り出していますね。

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VIA:President Online

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