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ボクは知りたい。「高級輸入車を批判する人に、高級輸入車を与えたらどうなるのか」。願望憎悪から行っていた攻撃をやめるのか

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さて、よく世間で言われるのが「輸入車に乗るヤツはバカ」という話。

これにはいろいろな意味が含まれると思いますが、「日本車のほうが優れている」という考え方、そもそも「クルマなんて動けばなんでもいいのに、それに高いカネを払う意味は無い」「輸入車に乗る人はステータスとしてクルマを見ており、それは時代遅れ、かつ勘違い甚だしい」というところに集約されるかもしれません。

人の価値観は一様ではない

これらについてはある意味で正しいともぼくは考えていて、日本車のほうが維持費や燃費、保険等についてはずっと負担が小さく、移動手段として優秀だということになります。

そしてクルマを好きではない人から見ると、輸入車をステータスだと感じる人が理解できないかもしれません。

ちなみにぼくはお酒を一滴も飲まないので、お酒が好きな人の気持もわかりませんし、飲み歩く人の気持も理解できず、しかしそれは理解できないだけであって、相手を否定するつもりは毛頭無いわけですね(お酒はトラブルのもととなりがちで、過度に飲むべきではないと考えているが、それはぼくの考えであって、お酒に呑まれる人にはそれなりの理由があり、それについては何も言うつもりはない)。

つまり世の中にはクルマに興味がなく、価値を見いだせない人もいて、そういった人が「高いクルマを買うという行為がムダ」と考えていることも(ぼく自身はそう考えてはいないけれど)よくわかる、ということです。

そして、一部の人に言わせると、「一番勉強して、一番いい大学に行く人が一番バカ」であり、逆に大多数の人からすると「一番勉強して、一番いい大学に行く人が一番優れている」。

前者は「大学に行く時間や勉強する時間があれば、同じ時間をビジネスに費やしたほうがいい」ということになり、たとえばマーク・ザッカーバーグ(Facebook)、スティーブ・ジョブズ(アップル)、ビル・ゲイツ(マイクロソフト)も大学中退組(大学に入るまでは、やるべきことが見つからず、しかし途中でそれが見つかったので大学が重要ではないと判断した)。

こういった例を見るに、一流大学を出ることが必ずしも成功の道ではなく、しかし誰もが大学を中退して起業すればスティーブ・ジョブズのようになれるわけではない、というのもまた事実。

会社務めにしても同じで、多くの人からすると「大企業に努めている人はエライ」となるのかもしれませんが、起業家は「ヤツらは自分でできることがないから会社務めしかなく、”歯車”になるしかないんだな・・・。なんというムダな人生なんだ・・・」と捉えるのかもしれません。

性的な好みもまったく同じで、パンストが好きな人もいればそうでない人もいて(ぼくはあまり好きじゃない)、そういった「好み」や「思想」にとやかく言うのはまったくナンセンスであり、よって「輸入車問題」の多くもまた、その一つだとぼくは考えているわけですね。

そしてぼくは、こういった「好み」に関わる批判は考え方の相違であって、けして埋めることはできず、「君子危うきに近寄らず」を貫けば、大きな問題はなく過ごせると考えています。

ただし一部の人は歪んだ思想を持っている

ただ、上述のような「好み」の問題ではなく、世の中には歪んだ思想を持つ人がいて、たとえば「第一希望の大学に入れなかったから、その(第一希望だった)大学に通う人を批判する」というパターン。

もしくは、どこかの国が「日本のようになりたかったのに失敗し」そこで日本を徹底的に叩くというのも同じ心理かも。

他人が自分が優れていること、他人が自分よりもいいものを持っていること、他人が自分よりも評価されていることが”どうしても受け入れられない”という性質ですね。

クルマで言えば「そのクルマを買えないので、そのクルマや、そのクルマに乗る人を批判する」といった例で、よく見られるのが「ベンツ?今どき大衆車やろ」「BMWに乗ってイキがられてもね・・・」「ポルシェっつても所詮はワーゲンが親会社やろ」みたいな発言です。

一般にそれは「願望憎悪」と呼ばれますが、こういった人々は攻撃性が高く、接するのに非常に労力を要することがり、たとえば、「高級輸入車」で事故を起こした人を(その真相を理解しないまま)徹底的に叩いたり、オーナーの人格攻撃をするような人たちだと思われます。

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そこでぼくがふと思うのが、高級輸入車や、それに乗る人を(願望憎悪から)批判する人に高級輸入車を与えてみるとどうなるんだろうな、ということ(ちょっと意地悪な思想実験ではある)。

こういった願望憎悪はコンプレックスに端を発しているのだと思われ、そしてそのコンプレックスを取り除くとどうなるのか、ということですね。

「願望」が満たされた時点でその人は一切の批判をしなくなるのかもしれないし、逆に「高級輸入車を買えない」人を批判する側に回るのかもしれません。

とにかく人は、苦しくなった時、状況を人のせいにしたり、誰かを批判したりすることで辛い現実から逃げ出そうとする傾向や、そして他人を卑下することで相対的に優越感を得ようとする傾向がありますが(ぼくも例外ではないのでいつも気をつけている)、だれかを生贄にしてまで自分を優位に立たせたり自尊心を満たすことは「見苦しい」と考えています。

世の中から「意見の相違や食い違い、対立」をなくすことはできないかもしれませんが、願望憎悪がなくなれば、もっと住みやすい世の中になりそうではあるものの、願望憎悪もまた、どうやっても一部の人の心から消し去ることはできないのかもしれませんね。

 

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管理人:JUN

ランボルギーニ/ポルシェ/ホンダオーナー。 ハイパフォーマンスカーを中心に、それにまつわる話、気になるクルマやバイク、モノ、出来事などを紹介します。

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