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■駄文(日々考えること)

人生の転機というか、ちょっとしたきっかけのようなもの(2)

2016/08/12

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人生の転機において、もうひとつ大きかったもので、良かったことについて触れたいと思います。

あまり具体的なことは述べることができず、ちょっとぼかしての記載にはなりますが、おおよそは事実です。

ぼくは色々なモノが大好きで、稼いだお金はあらかたモノを買うのに使います。
酒もタバコもギャンブルもしませんし(人生自体がギャンブルと考えているので、その意味ではギャンブラーかもですが)、食べ物にもほとんど興味が無く、ほぼモノを買うのにお金が消えます。

まあ一般の人から見ると大変な浪費ですよね。
人によっては酒の席を設けたり、友人知人とのコミュニケーションによってコネを作ったほうが有利だと、そう考える人も大勢います。
そして事実、何度と無く「お前は金の使い方を間違っている」という指摘を受けています。

ぼくは彼らの考え方を否定はしませんが、自分は自分でしかなく、ほかの誰かになることは出来ませんし、他の人がぼくの人生に責任をとってくれるとは限らないので、そんな忠告はずっと無視してきました。

90年代はけっこう車の改造にお金をかけた時期で、もうひたすら車を改造していたように思います(もちろんほかのモノもお金のある限り購入していたのですが)。
なので、経験と知識はけっこう蓄積していたのですね。

そんなあるとき、ぼくの知り合いの人が、あるホンダ車を本国(US)仕様に完璧に仕上げた、ということで「見に来い」と誘われたわけです。
当時はプリメーラのUK仕様とか、アコードのUS仕様とか、そんなものが流行っていて、専門パーツを売るショップもかなりありましたね。

で、そのUS仕様を見に行ったわけです。
本人はまさに「完璧」と自信満々だったのですが、ぼくはある一点のみ、完璧ではないところを指摘したのですね。
ここがUS仕様じゃないので、パーツを取り寄せて交換しないとですね、と。

本人は(自信があっただけに)非常に驚き、「よくそこに気づいたなあ」という話になったわけですが、そこから人生が思わぬ方向へ。
その人はちょっとしたお金持ちで、けっこうお金を持て余していたわけですが、「お前、俺が金だすから何か自分のやりたいことをやれよ」となったわけです。

そんなわけで、ぼくはモノ繋がりというか、芸は身を助けるというか、モノは人を助ける、というわけで人から見れば浪費、ぼくからすると好き勝手に買っていたモノに助けられ、事業を開始した、という経緯があります。

車の中の、たったひとつのパーツがぼくの人生を変えたことになり、そう考えると人生は非常に単純なような、複雑なような気がします。

しばらくして車につっこんだお金は取り戻せたとは思いますが、新たに稼いだお金で、またモノを購入するわけですね。

そうやっていると、またモノ繋がりで人や仕事がやってきて、うまい具合にモノに投じたお金を回収できる、ということが続いています。

金は天下の回りもの、といいますが、ぼくはモノを購入することで、それを地で行っているわけです。もちろん、コミュニケーションに費用を投じて、そのお金を「回して」いる人もいますし、そのあたりは人それぞれ、ということになりますね。

あのときに買ったこんなものとか、あのときに買ったそんなものとか、一見無駄のようには思えますが、そういったモノたちが、いまのぼくを形成しているとも思います。

なので、モノ抜きには今までのぼくは存在しないでしょうし、モノ抜きにはこれからのぼくも語れない、そう考えているのです。

スティーブ・ジョブズの言う「点と点」、そのときは一体何の役に立つのかわからないようなモノでも、あとになって何かが繋がりお金を生み出す、ということあるのですね。

お金を使うのを惜しんでモノを買っていなかったら今のぼくは無いわけで、欲しいモノを買おうと努力しなければ今のぼくも無いわけです。

ぼくの人生においては、多くのモノが転機を与えてくれたとも言え、その意味ではぼくはモノに感謝しています。

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