>ポルシェ(Porsche)

ポルシェ911史上「最高落札額(10億円以上)」が記録されたとのウワサ。1973年式ポルシェ911 カレラRSRマルティーニ・レーシングはいったい何がそんなに特別なのか

ポルシェ911史上「最高落札額(10億円以上)」が記録されたとのウワサ。1973年式ポルシェ911 カレラRSRマルティーニ・レーシングはいったい何がそんなに特別なのか

| 単に希少でありレースで勝っただけではなく、このポルシェ911 カレラRSRには、エンジニアたちの情熱が込められている |

そしてその情熱は「形」となって当時の911、そして現代の911にも反映されることに

2023年グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードにて開催されたボナムズ・オークションにて、この1973年式ポルシェ911 カレラRSRマルティーニ・レーシングが「ポルシェ911史上最高額で落札された可能性がある」もよう。

すでにオークションは終了しているものの、未だ結果が更新されていないのですが、予想最高落札価格である575万ポンド(現在の為替レートにて約10億5100万円)を超えた可能性が指摘されており、これが事実であれば、1998年に記録されたポルシェ911GT1 ストリートバージョンの5,665,000ドル(約8億2730万円)を大きく超えたということになりそうです。

Porsche-Carrera-RSR (17)

なぜこのポルシェ・カレラRSRマルティーニ・レーシングはそんなに特別なのか?

そこで「なぜ、このポルシェ・カレラRSRマルティーニ・レーシング(通称R7)がそれほど特別なのか」について見てみたいと思いますが、それはひとことで言うならば「ポルシェ911ではもっとも成功したモータースポーツ上の歴史を持っているから」。

Porsche-Carrera-RSR (18)

このポルシェ・カレラRSRマルティーニ・レーシングについて、いちばんよく知られるのは1973年のル・マン24時間レースを4位でフィニッシュしたことですが、この4位は非常に価値があるもので、なぜなら「前の3台」はマトラ・シムカMS670B(2台)とフェラーリ312PBであり、これらはル・マン24時間レースのために作られた純然たる「プロトタイプ」です(このとき、ステアリングホイールを握ったのはワークスドライバーのハービー・ミューラーとギース・ファン・レネップ)。

Porsche-Carrera-RSR (19)

ル・マンでの成功の後、この「R7」は次の世界選手権ラウンドであるオステライヒリンク1000キロレースを走り、さらにはニューヨーク州で開催されるワトキンス・グレン6時間レース、ワトキンス・グレン・カナム・チャンピオンシップ、1974年のル・マン24時間レースなど、チームそしてカラーリング、さらには舞台を変えながら走り続けます。

Porsche-Carrera-RSR (3)

なお、後年になってこのR7は事故に遭った後にスペアパーツの供給源として解体されたという話が広まることになり、そのパーツの一部は、ディエゴ・フェブレスというアメリカ人のポルシェ愛好家の手に渡り、レプリカを製造するために使用されたという話が信じられていた、とも説明されています(のちにそれは誤りであったことが立証される)。

Porsche-Carrera-RSR (20)

一時、このポルシェ・カレラRSRマルティーニ・レーシングは「失われていた」と考えられていたが

実際のところ本物のR7は、1977年にメキシコから慎重に輸出され、トレーラーから落下して軽く損傷しただけであり、それが修復されてマッシモ・バッリーヴァという秘密主義のイタリア人コレクターの手に渡っていて、同氏がその後30年以上もの間(世界中のポルシェ愛好家にも知られることなく)保管し続けたそうですが、2009年にマッシモ・バッリーヴァは、イタリアのミラノ郊外にあるモンツァ・オートドロームで開催されたヒストリックレースミーティングにて「R7の当初のカラーリングとスタイリングを模したレプリカ」を目にし、それを作ったイヴァン・マヘ(実は著名なポルシェ・スペシャリストであった)に声をかけ、イヴァン・マヘに依頼することで自身が保管していたR7を「(何度か転戦するうちに仕様が変わってしまったR7を)当初の姿へと」戻したのだと解説されています。

Porsche-Carrera-RSR (5)

そこではフランスのスペシャリスト、レイモン・トゥールールの協力を得て、ようやく1973年のル・マン当時の姿に戻され、いわゆる「メアリー・チューダー」と呼ばれる特徴的なリアウイング/エアロダイナミクス・スポイラー姿へとレストアされ、オリジナルスタイルのマルティーニ・レーシングのカラーリングが施されることとなりますが、さらにその後、このR7はアメリカのコレクターの手にわたり、ここで問題となったのが、前出の「解体されたパーツを購入し、レプリカを作り上げた」ディエゴ・フェブレス。

同氏は自身の所有するR7こそが正当なR7のパーツを受け継ぐ「唯一の本物」であり、30年以上経って現れたR7は「偽物」であるという主張を行い、これは法廷での争いへともつれ込んだ挙げ句、なんと7年もの長きに渡って争いが継続します。

Porsche-Carrera-RSR (7)

その段階で、このR7(新しくアメリカ人コレクターが購入したほう)は2016年にドイツのポルシェ クラシックへと輸送され、そこでポルシェのベテラン シニア エンジニアと元ワークス チーム マネージャーによって検査され、このクルマこそが1973年のル・マンで4位に入った RSR 911(シャシーナンバー '360 0686')であることが正式に証明されたそうですが、結果的にこの裁判は今年の5月まで続き、現在はようやく(裁判所から命じられる形で)和解が成立し、ディエゴ・フェブレスはR7の真性について主張できなくなったのだそう。

Porsche-Carrera-RSR (2)

なお、ポルシェとしても当時の正確な記録が残っていたわけではなく、当時のエンジニアの記憶を頼りに実車の確認を行ったそうですが、これを担当したノルベルト・シンガー氏は以下のように語っています。

「我々が911のプロトタイプレースカーを製作していたとき、レースのストレスに耐えられるようにするために、通常の量産ポルシェ911の特定のコンポーネントに追加しなければならない特定の補強があったのです。とくに クロスチューブとエンジンのクロスメンバー(前方)です。これらの補強材を最初に検査したところ、これらは 1973年のオリジナルの補強材であると確信しています。さらには溶接が正確に行われていないように見えることに注意しました。 これは、通常の911をRシリーズ レーシング プロトタイプに改造するために私たちが受けた時間のプレッシャーについての私の記憶と一致しています。これらの時間のプレッシャーのため、私たちはすぐに追加の補強を追加する必要がありました。
エンジンルームのクロスチューブとクロスメンバーに補強を追加したのですが、そこで私たちは、量産車で通常行われていたように専門の溶接工を連れてくるのではなく、時間がなかったので、自分たちで溶接を行いました。この溶接は見た目が不十分で、エンジンルーム内のクロスチューブとクロスメンバーの周囲において確認が可能です(ただしちゃんと機能します)。 私の考えでは、この事実はポルシェRSRシリーズの開発に携わった我々以外には知られていない可能性が極めて高く、この溶接を見ただけでも、これが当時のオリジナルのRSRだと断言できます」

Porsche-Carrera-RSR (13)

この「RSR」シリーズはポルシェがヨーロッパ グランド ツーリング チャンピオンシップ用に開発したレーシングカーではありますが、この開発過程がその後のポルシェの市販モデルにも生かされることになり、かの有名な「ナナサンカレラ」もその恩恵を受けたクルマのひとつ。

そしてこの「R7」はわずか8台が生産されたにとどまり、現存するのはそのうちの4台、そして今回競売に登場したのはもっとも保存状態が優れると言われます。

Porsche-Carrera-RSR (16)

ポルシェ911カレラRS 2.7にて初めて採用された「ダックテール・リヤスポイラー」。なぜあの形状が取り入れられ、「ダックテール」と命名されたのか
ポルシェ911カレラRS 2.7にて初めて採用された「ダックテール・リヤスポイラー」。なぜあの形状が取り入れられ、「ダックテール」と命名されたのか

| ダックテールリヤスポイラーはドイツ特許庁にも登録されていた | ポルシェは自らのクルマや機能にニックネームを付けるのが好きだった さて、ポルシェ911カレラRS2.7(ナナサンカレラ)は今年で50 ...

続きを見る

そこで特徴の一部を述べてみると、ボディパネルは通常の「厚さ1ミリ」の鋼板ではなく、0.88ミリの薄く軽量なパネルにて製作され、これによってポルシェは9キロの軽量化を達成。

Porsche-Carrera-RSR (6)

加えてベルギー製Glavabelガラスを使用することでさらなる軽量化を達成したほか・・・。

Porsche-Carrera-RSR (14)

ステアリングホイールのボスに相当する部分も可能な限りの軽量化が施されています。

Porsche-Carrera-RSR (10)

ポルシェはこんなところまで軽量化していた!「超軽量キー/キーシリンダー」

| ポルシェの軽量化に対する情熱は尋常ではなかった | ポルシェがその伝説的レーシングカー、「917K」に採用されるキーを紹介。 ポルシェ曰く「モータースポーツ史上、もっとも含蓄に富んだキー」と表現す ...

続きを見る

ヒンジも同様。

Porsche-Carrera-RSR (9)

ポルシェ・カレラRSRマルティーニ・レーシングはポルシェのモータースポーツ活動に対する情熱の塊でもある

そのほか、ポルシェ911RSR には、フロントとリアのブレーキ バイアス調整を可能にするダブル油圧ブレーキシステム・マスターシリンダー用のマウントが備わっていたり、センタートンネルが強化されていたほか、低められたサスペンションであってもストロークを確保できるようにハンマーで叩き出されたフェンダー、各パーツを迅速に交換できるように削り取られたレリーフなど、それまでのポルシェがモータースポーツにて培ってきた経験が惜しみなく注がれており、さらには1960年代おわりに延長されたホイールベースを持つ車両に「ショートホイールベース用のトレーリングアームを取り付ける」ための変更、加えてアンチロールバーの変更なども行われていますが、これらの一部はホモロゲーション取得を目的として市販モデルにも(部分的に)フィードバックされており、その意味でこのRSR、とくにR7シリーズは「レーシングカーと市販車との間をつなぐパイプ役」のような存在であったのだとも考えられます。※このほかにも様々なエンジニアの”苦肉の策”が紹介されているが、あまりに多すぎてとても紹介できない

Porsche-Carrera-RSR (8)

つまり、このR7の中には、ポルシェのエンジニアがなんとかレースに勝とうとして心血を注いだ「証拠」が多数反映されていて、そしてその証拠は今日ぼくらが乗るポルシェのスポーツカーにも引き継がれている、と考えることも可能です。

Porsche-Carrera-RSR (15)

ポルシェはボルト一本にもここまでこだわっていた!1970年のル・マン優勝の裏にあった開発者の物語

熱膨張率、強度、冷却を考慮した素材の選択から表面のコーティングまで ポルシェがオーナー向け機関誌「クリストフォーラス」にて、1970年のル・マンにて総合優勝を成し遂げたポルシェ917に関する裏話を公開 ...

続きを見る

このR7は文字通りポルシェのモータースポーツの歴史における生き証人であり、注がれた情熱をレースで勝つことで証明し続けてきた個体そのものということになりますが、そう考えるとこの「ポルシェ911史上最高の落札価格」にも納得ですね。

Porsche-Carrera-RSR (4)

なお、今年の春に開催されたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードにもこのポルシェ・カレラ RSRマルティーニ・レーシング「R7」が参加しており、そこでこのクルマをドライブしたアンディ・プリルは以下のようにその印象を語っています。

私は幸運にも多くの1973年型ポルシェ RSRを運転する機会に恵まれてきたので、第80回グッドウッド・メンバーズ・ミーティングでコース上で「R7」を運転するよう招待されたとき、この車が他のRSRと大きく異なるとは予想していませんでした。しかし私の予想は大きく裏切られ、 私がこれまでに運転した他のRSRはどれもレストアされておらず、これだけでこのR7がすぐに違うように感じられました。

シートベルトを締めてステアリングホイールを握ると、そのクルマのオリジナリティが瞬時に感じられ、タイムスリップしたような気分になります。 そして、「R7」のあらゆる毛穴という毛穴からにじみ出る、それぞれの歴史の大きさが明らかになるのです。

すべてのRSRは貴重が貴重であることは疑いの余地がありませんが、このRSRはまったくレベルが異なり、ドライバーとしてこのクルマの重要性と自分に与えられた責任と信頼を強く意識させられます。 準備が不足していて、1970年代以来レーストラックを走っていなかったにも関わらず、タイヤやブレーキなどが古いにもかかわらず、クルマのハンドリングは非常に優れ、エンジンはまさにセンセーショナルでした。

RSRパワーユニットをこれほど熱心に、積極的に引っ張り出すのを経験したことがありません。このクルマの運転は、すぐに中毒になる別の運転体験になります。 RSRエンジンを8,500rpmまで回転させるというポルシェの当時の主張は真実であることが判明し、このエンジンが動き始めると回転数は非常に急速に上昇しますので、細心の注意を払う必要があります。 全体として、このクルマのパフォーマンスと品質、つまり当時の最高のプロトタイプを上回るGTとなった品質については、疑いの余地がありません。 最高のドライバーが運転するポルシェを操縦するのは、本当に素晴らしい経験です。

ウッドコートコーナーに突入する際のエンジン音、そして観客の反応を眺めていると、まさにそれが感じられるます。それ自体が物語であり、あなたを1973年のル・マンに連れ戻します。

誰か(誰だったか思い出せません)が、このようにクルマを大切にするためには、まずクルマを大切にするのはもちろんですが、それから歴史を別途大切にする必要があると私に言いました。 私は1973年製RSRの価値についてはよく知っていますが、このクルマの歴史についてどこから始めればよいのかわかりません。その大きな理由は、このクルマが1973年ワークス チームのマルティーニ ポルシェRSR の構造的に復元された唯一の例であるためです。

Porsche-Carrera-RSR (11)

参照:Bonhams

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

->ポルシェ(Porsche)
-, , , , , , , ,