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フェラーリ296GTBの「元ネタ」、250LMが競売へ。250GTOの後継として企画されるも活躍の場がなかった悲運のレーシングカー。予想落札価格は最高で28億円

2023/07/22

フェラーリ296GTBの「元ネタ」、250LMが競売へ。250GTOの後継として企画されるも活躍の場がなかった悲運のレーシングカー。予想落札価格は最高で28億円

| 正直、ボクも296GTBを注文するまでこのクルマについてはほとんど何も知らなかった |

しかしながら250LMは実に興味深い歴史を持っている

さて、RMサザビーズが主催するオークションにてフェラーリ250LMが出品され、2000万ドル(現在の為替レートにて約28億円)の値をつけるのでは、と見られています。

フェラーリ250LMは偉大なる「250GTO」の影に隠れてしまい、いまひとつメジャーになりきれないヴィンテージモデルではありますが、296GTBの元ネタとなったことで注目を集め、近年大きく値を上げているモデルのひとつとして知られます。

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フェラーリ250LMはこんなクルマ

このフェラーリ250LM(ル・マン)は1963年に発表されたレーシングカーで、ポジションとしてはもはや伝説となった250GTOの後継モデル。

250GTOとの最大の差異はフロントエンジンからリヤミッドへとレイアウトをスイッチしたことですが、この時期はフェラーリがちょうど「フロントエンジンからミッドエンジンへと移行しようとしていた」頃でもあり、実際に250GTOは1962年に発表されたフェラーリのレーシングカーの中では唯一のフロントエンジンです(ほかは全部ミドシップ)。

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この時期は他の自動車メーカーもどんどんミドシップへと移行しており、ミドシップでないとレースに勝てないという風潮があったことも事実であり、フロントエンジンレイアウトを愛してやまなかったエンツォ・フェラーリもやむなくミドシップへとシフトしていったわけですね。

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かくしてフェラーリは1963年に250P、そして同年に250LMを発表して「250系」をミッドエンジンへと移行させ、250LMをGT選手権に参戦させる予定だったものの、ホモロゲーション取得に必要な生産台数をクリアできず、そこでフェラーリはこの250LMを「250GTOのエボリューションモデル」としてホモロゲーションを取得しようと目論むことに。

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ただ、エンジンレイアウトがすっかり変わってしまっているので250GTOのエボリューションモデルと認められるわけはなく、よって250LMは「GTカー」ではなく「プロトタイプ」としてレースに参加するしかなくなってしまいます。

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ただ、この「プロトタイプ」カテゴリは最初からレーシングカーとして開発された車両にて競うクラスであり、市販車をベースとするGTカー、そして市販を前提として設計された250LMでは勝ち目がなく、250LMは「ル・マン」を表すLMの名を持ちながらも(フェラーリのファクトリーマシンとして)ル・マンを戦う機会が与えられず、結果的に「(フェラーリがその後も250GTOでGT選手権を戦ったので)250GTOの後継だったのに、250GTOの現役生活を長くすることになってしまった」という悲運のクルマ。※その一方、1965年にはプライベーターがル・マン24時間レースで総合優勝を果たしている

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このフェラーリ250LMはこんな背景を持っている

そこでこのフェラーリ250LMについてですが、32台生産された内の22番めのモデルでありシャシーナンバーは6053。

この年代のクルマにしては正確かつ詳細な記録が残っていて、2022年のペブルビーチ・コンクール・デレガンス、2021年のムジェロでのフェラーリ・フィナーリ・モンディアリ、そしてモデナのエンツォ・フェラーリ・ミュージアムに展示されたこともあるのだそう。

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ただ、レーシングカーとして誕生したからには活発なレースの歴史も持っており、まず最初にこのクルマを購入したのは英国人のジョージ・ドラモンド。

彼は主にイギリスにてモータースポーツ活動を行い、1965年にウィスコム・パークでクラス優勝したのを皮切りにブランズハッチ、スネッタートン、シルバーストーンで総合優勝を飾っています。

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その後の1966年2月、ジョージ・ドラモンドはこのフェラーリ250LMにてデイトナ24時間レースに参戦し、ジョージ・ドラモンド、イネス・アイルランド、マイク・ヘイルウッドの共同ドライブにて挑むものの、ギアボックスの故障に見舞われ、90周でリタイアを余儀なくされることに。

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その後の2年間で、このフェラーリ250LMは少なくとも8回の出走を記録しており、この中には1966年オーストリアGPでのファクトリードライバー、マイケル・パークスによるクラス3位と総合8位が含まれ、さらには1967年のキャラミ9時間レースに出場し、同年にはモザンビークで開催されたルーレンコ・マルケス3時間レースでは総合5位を獲得したことも。 

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ジョージ・ドラモンドは1968年5月、”ル・マン24時間レースに参戦するフェラーリ250LMを探していた” ポール・ヴェスティにこのマシンを売却することになりますが、ポール・ヴェスティのマシンは6台エントリーしたフェラーリ250LMのうちの1台となり、本戦においては最初の1時間で32位から26位まで順位を上げ、しかし、残念ながらスピンを喫してダメージを負い、最終的にはギアボックスの故障でリタイアしています。

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1968年のル・マン24時間レース以降、このシャシーナンバー6053がレースに参戦することはなく、しかし時折ヴィンテージ・レースへの参加が続いたといい、2018年に現在のオーナーが入手したのちにフェラーリのファクトリーへ送られてフルレストアが施され、2021年にレストアが完了したのちにフェラーリ・クラシケによる認定を受けることに。

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よって、このフェラーリ250LMは「モータースポーツにおける豊かな歴史を持っている」「そのほかの来歴がはっきりしている」「フェラーリによってレストアがなされ、更には認定済み」という理想的なバックグラウンドを持っており、そう考えると「28億円」という予想にも十分に納得ができるというものですね。

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参照:RM Sotheby's

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