■駄文(日々考えること)

「いいか、人生うまくやれ」。ときどき思い出す、友人のじい様の話

2015/09/20

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ぼくが小学生の頃の話なのですが、稲生という友人がいて、彼の家に遊びに行くと(金持ちなのでなんでも揃っており、たまり場になっていた)じい様がいて、いつも面白い話をしてくれたのですね。

そのじい様は戦争に行ってあちこちで戦ったのですが、大した病気もけがもせず、無事に生きて帰ってきた人でもあります。

そのじい様はいつも「いいか、人生うまくやれ」と言っていたのを今でもよく覚えていて、ときどき思い出したりします。

「なぜ俺が死ななかったかわかるか?それは周りを良く見ていたからだ。そして、常に助かることだけを考えていたからだ」ということなのですが、ある日戦争で敵陣に突撃することになり、完全に負け戦だったそうなのですが、突撃を拒否すると上官に殴られたり戦場で撃ち殺されたりするので拒否も逃げることもかなわず、突撃せざるをえなかったということがあったそうです。

そして突撃その時なのですが、真っ先に雄たけびをあげて陣地を飛び出して突撃し、突然「うわ、やられた!」と叫んでもんどりうってばったり倒れるわけです。
なんでも真っ先に飛び出したのは(卑怯者ではないという)勇敢さを示してあとで上官にしばかれないようにするためと、最初に飛び出したほうが相手も驚いて対応が遅れ、射撃が不正確になって被弾する確率が低いという判断だった、とのこと(なお、より被弾の確率を低くするためにジグザグに走るなど予測不能な動きをする)。

こういった計算高いじい様なので、もちろん「やられた」は嘘であり、自分で意図的に被弾したふりをして倒れ、あとは戦闘が終わるのをひたすらその場で待っていたそうです。

またあくる日は船に乗せられて移送されているときに敵艦の砲撃にあい、船が沈みそうに。
このとき、じい様は「これはヤバイ」と思って自ら海に飛び込み、できるだけ遠くまで泳いで逃げたそうです。

船が沈没するとその際にできる渦に巻き込まれて海中に引きずり込まれるため、ギリギリまで船に乗っていると逃げることができずに渦に引っ張り込まれて浮かび上がれなくなるので、さっさと自分から海に飛び込んで逃げた、ということですね。
案の定船は沈んでほとんどの乗員は船とともに海の藻屑と消え去ったわけですが、その後しばらくすると船の木製部分などが浮いてくるので、それを遠目に眺め(近くにいると浮上した構造材に当たってけがをする)、落ち着いた頃に漂流物にしがみついて助けを待って生き延びた、という話もよく覚えています。

とにかく要領がいいとしか言いようがないじい様で、当然生きて帰ってからもその抜け目のなさを発揮し一代で財を築いた人なのですが、常に相手の出方を予想すること、これから起きるであろうことを予測することの重要さは子供ながらにじゅうぶん理解でき、それはぼくの人格形成において非常に大きな影響を与えた、と言っても過言ではありません。

じい様はこう語ります。

「戦争は悲惨だ。しかし、自分が生きるか死ぬかは自分の力でも左右できる。どうしようもない状況もあるが、死んでいった多くは、先を見ることができなかったやつら、そして希望を見いだせなかったやつらだ。俺が今まで生き残ったのは、運が良かったからじゃない。どんなに悲惨な状況の中にも常に一筋の希望を見つけようとしかたらだ。
希望が絶たれたように見えても、必ず救いはある。絶望は人をダメにする。いいか、人生うまくやれ」。

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