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ランボルギーニ創業者、フェルッチオ・ランボルギーニが自動車殿堂入り!同じスーパーカーメーカーでもランボルギーニとフェラーリはこう違う

2022/07/26

ランボルギーニ創業者、フェルッチオ・ランボルギーニが自動車殿堂入り!同じスーパーカーメーカーでもランボルギーニとフェラーリはこう違う

| ランボルギーニとフェラーリの創業者はまるで真逆とも言える考え方を持っていた |

そして真逆の考え方を持つ会社がともに成功したことも面白い

ランボルギーニ創業者、フェルッチオ・ランボルギーニが「自動車殿堂入りした」と(ランボルギーニが)発表。

この自動車殿堂はミシガン州デトロイトにて設立されており、これまでにはヘンリー・フォード、ウォルター・クライスラー、フェルディナント・ポルシェ、本田宗一郎、豊田英二、リー・アイアコッカ、エンツォ・フェラーリらが名を連ねており、ここにフェルッチオ・ランボルギーニが加わるということになりますね。

フェルッチオ・ランボルギーニはいつも挑戦者だった

ランボルギーニの歴史は1963年にはじまりますが、その理由はかの有名な「当時トラクタービジネスで財を成したフェルッチオ・ランボルギーニがフェラーリを購入し、自身の技術者的見地からフェラーリの改良を提案したところ、エンツォ・フェラーリに”お前にはトラクターを運転できるだろうが、フェラーリは扱えまい”と言われたため、対抗心から自動車メーカーを設立した」というもの。

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ただ、これにはいくつかの説があって、「自分で(自分の)フェラーリを修理したところ、自社のトラクターのサプライヤーと同じパーツを発見し、安価なパーツを使用していてもブランド力が強力であればクルマを高く売ることができると判断し、スーパーカーメーカーを作ることにした」「そもそもフェルッチオ・ランボルギーニはフェラーリに進言しに行ったことはない」「実はフェルッチオ・ランボルギーニとエンツォ・フェラーリは不仲ではなく、数回会って話をしている」といった話もあるようです。

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フェルッチオ・ランボルギーニが亡くなってしまった今、その真実を知ることはもう叶わなくなってしまったわけですが、フェルッチオ・ランボルギーニはもともと商才に長けた人物であり、ランボルギーニ設立以前にもエアコンや冷蔵庫、そしてトラクター会社を設立して成功を収めていますが、それ以前に徴兵された際にも「工兵隊に配属されるよう、ちょっとした細工をしたり」「そこで士官のクルマを修理したりして小遣いを稼いだり」「戦争にてお金の価値が無くなると踏んでいたので金(きん)で代金をもらっていたり」「戦争終結後にいろいろなものを没収される可能性を案じ、金を埋蔵し、ほとぼりが冷めてからそれを取りに行ってビジネスの種銭にしたり」といったことも伝えられています。

Ferruccio-Lamborghini (4)

とにかくアグレッシブ、そして先見の明があったということになりそうで、エンツォ・フェラーリとの逸話についても、フェラーリを引き合いに出すことで無名の「ランボルギーニ」の名を知らしめることが目的であったという話、そして「闘牛」エンブレムもフェラーリの「馬」に対抗したものだという話もあって(エンブレムの起源については自身がおうし座であったという説が最も有力ではあるが)、成功のためにはいかなる手段をも活用したというのが一つの特徴だと言えるかもしれません。※スーパーカービジネスについても、当時の本業であった家電の宣伝に使用でき、これ以上の費用対効果を望める広告は他にないと考えていたという話もある

Ferruccio-Lamborghini (3)

フェルッチオ・ランボルギーニとエンツォ・フェラーリはこう違う

ちなみにですが、エンツォ・フェラーリは「V12エンジン搭載車以外はフェラーリとは言わん」「牛車は牛が引っぱるものであり、牛が後ろから押すものではない(フロントエンジン以外は認めないという意味)」「エアロダイナミクスはエンジンを作れないヤツがやるもんだ」といった感じでV12エンジン、そしてレイアウトに強いこだわりを持っていましたが、フェルッチオ・ランボルギーニはミウラにて「初の大排気量ミドシップ」に挑戦したり、カウンタックに「この世のものとは思えない」デザインを実現しており、過去にとらわれることなく常に変革し、時代に対応していったという差異があるもよう。

さらにエンツォ・フェラーリの場合、かの有名な「宮廷の反逆」が起きたほどワンマンであったものの、フェルッチオ・ランボルギーニは、当時大学を出たてのパオロ・スタンツァーニにエンジンの設計(改良)を任せたり、ジャンパオロ・ダラーラ、マルチェロ・ガンディーニといった信頼できる仲間を育てていて、現在でもダラーラとの付き合いがあったり(ウラカンGT3はダラーラが改装を行っており、輝かしい戦績を残している)、パオロ・スタンツァーニの弟子でもあったマウリッツォ・レッジャーニが最近に至るまでランボルギーニの技術部門を引っ張ってきたりと”ファミリー”を形成していることも大きな違いだと言えるかもしれません。

ちなみにフェラーリの技術者であり中核人物であったジオット・ビッザリーニは宮廷の反逆にて多くの主要メンバーとともにフェラーリを追われ、その後ランボルギーニのアドバイザーとなって同社のV12エンジンを設計しています(ランボルギーニは社是として、直接モータースポーツに参加しないことを掲げていたが、これはフェラーリでのジオット・ビッザリーニが自身の経験をフェルッチオ・ランボルギーニに語り、モータースポーツが企業をいかに疲弊させるか、そしてモータースポーツには手を出すべきではないかを説いたためだと言われる)。

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Ferruccio-Lamborghini (2)

なお、ランボルギーニは今回の殿堂入りに際して下記のようにコメントしており、文字通りフェルッチオ・ランボルギーニの「前しか見ていない」姿勢が現在のランボルギーニに受け継がれている、ということもわかりますね。

フェルッチオ・ランボルギーニは、1963年のランボルギーニ自動車の設立に尽力しただけでなく、常に改良と革新を求める彼の絶え間ない努力が、ミウラとカウンタックというブランドの最も象徴的な2つのモデルの誕生につながったのです。フェルッチョのアプローチは常に大胆で、より良くなるために常に努力することで、予想外のことが実現できるという信念に支えられていた。彼の起業家精神とパイオニア精神は、今日のブランドのDNAの中核をなしています。

参考までにですが、ランボルギーニの公式サイトには(ちょっと前まで)ランボルギーニの創業から現代に至るまで業績に貢献した人物(フェルッチオ・ランボルギーニはじめ、パオロ・スタンツァーニ、マルチェロ・ガンディーニなど)の記載があったのですが、いま公式サイトを見てみるとそれらの紹介が無くなっていて、代わりに「現代の」ランボルギーニに関する記載、および現行役員はじめ、企業の取組み、倫理規定や受賞履歴などに変更されており、これは「過去を破壊しながら前に進む」としている現ランボルギーニCEO、ステファン・ヴィンケルマン氏の意向なのかもしれません。

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参照:Lamborghini

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