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名車(迷車?)の多いホンダ!ホンダファンのボクが「これまでの革新的な車」を並べてホンダの起こしたパラダイムシフト、そして問題を探る

2021/01/11

ホンダのキー

| ボクはホンダの考え方が大好きだ |

さて、ぼくはホンダファンの一人ではありますが、「ホンダのスポーツカー」というよりは「ホンダの思想」のファン。

そしてホンダのどういったところに魅力を感じているのかというと、つねに自動車(バイクでも)パラダイムシフトを起こしてきた、ということですね。

つまり、「自動車とはこういったものだ」という既成概念を壊し続け、そして新たな市場を構築し続けてきたということになりますが、「(トヨタのように)流行に便乗するのではなく、自分が生きてゆく環境を自ら切り開いた」というところに魅力を感じています。

「生き残る」ための方法には三種類しかない

なお、ぼくが思う(生物でも企業でも)生き残るための方法は3つ。

まずひとつ目は「食べ物がある」ところに移動すること。

これは生物だと遊牧民や移住を指し、季節や環境に応じ、食べ物があるところへと移動する生活スタイル。

企業だと「流行り物」を追う手法であり、ちょっと前だと「タピオカが流行ったら、タピオカ屋を開く」というものですね。

ふたつ目は「特定環境のみに対応する」。

これは特定環境でしか生きていけないように進化したり適応することで、他の生物が生きてゆけないような環境でも生活できるように対応すること(ユーカリの葉っぱを食べるコアラのように)。

企業だとパチンコや風俗産業、アダルトグッズのような「ほかの会社が新規参入しにくい」業種ですね。

みっつ目は「農耕」であり、季節や環境の変化に左右されず、いつでも食べ物に事欠かないように環境を作り変えて(灌漑し)農耕を行い、農作物を貯蔵すること。

ビジネスでいえば、アップルが「スマートフォン」を作り出したり、古くはソニーが「ウォークマン」、日清が「カップヌードル」を”発明”してコアビジネスに育て上げたりといったところです。

ホンダは自らの生きる世界を切り開く

そこでホンダですが、これは明らかに3つ目。

美味しい市場を求めてあちこちに手を出すわけでもなく、特殊車両に特化するわけでもなく、しかし「今は存在しないが、その分野で自分がトップになることができ、存在感を発揮できる市場」を自ら作っているということになります(ただし、その市場への扉をホンダが開くと、トヨタが無理やり入り込んでくることになるけれど)。

そこでいくつか例を見てみようと思いますが、まずは1981年の「シティ」。

当時は「背の高い車はカッコ悪い」という認識があって、しかしホンダはあえて背の高い車を作り、「トールボーイ」というコンセプト、そして「ホンダホンダホンダホンダ」と連呼するムカデダンスTVCMにてこの状況を打破し、一気に既成概念を覆してヒットへと結びつけたクルマですね。

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そして1990年にはNSX。

これはホンダ最大のチャレンジだと言われ、フェラーリの「スーパーカーに対する認識を変えさせた」とも言われます。

それまでは「緊張して乗るもの」「乗りにくくて当たり前」だったスーパーカーを一気に身近にしています。

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世界に先駆け「リトラクタブルハードトップ」を採用したCR-Xデルソル(1992)。

ホンダはこの他、最近になってポルシェ、ランボルギーニ、フェラーリが取り入れた”後輪ステアリング(4WS)”をBBプレリュードにていち早く採用しています。※ポルシェはかつて、これをヴァイザッハ・アクスルとして実用化したことがある

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1994年にはドレスアップワゴンブームを巻き起こしたアコードワゴン。

「ドレスアップワゴン」は当時、一つのカテゴリにまで成長しており、それまでワゴンと言うと商用車的なイメージが強かったものの、これによって一気に「ワゴン=オシャレ」という風潮に。

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同じく1994年にはオデッセイ。

当時こういった版「ダサい」という風潮があったものの、開発時のコンセプトを「黒豹」に設定し、低く精悍なルックスを実現することで「商用イメージの強かったバンを、乗用車として認知させた」功績は大きいと思います。

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1995年にはSUVブームの先駆けとなったCR-V。

こCR-Vの登場までは、こういったスタイルのクルマというと「=オフローダー」であったものの、ホンダはそのルックスを洗練させ、かつエクストリームなオフロード走行性能を廃することでコストを下げ、SUVを一般化させることに成功させています。

なお、CR-Vは「Comfortable Runabout Vehicle」の略であり、当初から悪路走破性については考えていないようですね。

双璧をなすのはトヨタRAV4ですが、両者とも現行モデルにスイッチした後、その販売においては均衡が崩れています。

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1996年にはステップワゴン、そしてS-MX。

方やファミリー向け、方やシングル向けという設定ですが、S-MXは「コンドームホルダー」とも受け取れる装備を持つことで「移動式ラブホテル」と言われたことも。

ただ、若者の目をスポーツカーからミニバンにも向けさせたことは大きく、それが「その後結婚して子供ができたらミニバンに」という流れを作ったんじゃないかと考えています。

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1997年にはライフ。

これはけっこうエポックメイキングなモデルだと考えていて、というのも軽自動車に対する世間の考え方を大きく変えたから。

それまでの軽自動車というと、安く作って安く売るクルマの代名詞で、乗用車を「買えない」人が軽自動車を買うという風潮すらあったわけですね。

よって、どの自動車メーカーも軽自動車に注力しようと思わず、「そういった人向け」に作っていたのが軽自動車(その意味で。軽自動車=乗用車に劣るという認識は、当時の自動車メーカーが作ったものとも言える)。

ただ、1993年にワゴンRが登場した後はその流れも徐々に変わり、さらにホンダが満を持して発売したのがライフで、こちらは機能性やオシャレさを持たせることで、それまで軽自動車の購入を考えていなかった人の目を「軽に向けさせることになった」一台だと認識しています。

その後には軽自動車規格の変更とともに3代目ライフ(1998)へとスイッチし、これが今日の「N-BOX」はじめとする「Nシリーズ」の源流と捉えて良いかもしれません。

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1999年には説明不要のS2000。

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同じく1999年には、エアロスパッツ、軽量化のためにスピーカーのマグネットすら小型軽量化したという「インサイト」。

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2003年には、クルマを道具として捉えたエレメント(HR-Vという珍車もあった)。

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ホンダは常に価値観をシフトさせてきたが

まだまだホンダの「名車」については語りきれないところですが、ホンダは「スポーツカーやセダンに乗っていた人の目をミニバンに向けさせたり」「乗用車に乗っていた人の目をコンパクトカーや軽自動車に向けさせたり」というパラダイムシフトを幾度となく発生させており、その都度市場を変革し、市場を形成していたとも捉えています。

ただ、これには多少の問題があり、売れ筋の単価が下がってきていること。

オデッセイの時代から見てみると、売れ筋がオデッセイ→ステップワゴン→フィット→N-BOXという感じでどんどん小さく安くなってきていて、これがホンダの利益を圧迫しているのは間違いなさそう(特に軽自動車は競争が厳しく、利益率が低くなりがち)。※ただし、マツダのように売れ筋がなくなってしまうよりはいい

加えて、ホンダが開拓した市場にトヨタがなだれ込んできて、その物量にモノを言わせて売りまくるので、せっかくホンダが育てた市場もすぐに食い荒らされることになり、「ヒットが長続きしない」のも困りものです。

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よって、ホンダは次から次に「これまでとは別に、生き残って行ける市場」を開拓せねばならず、これがホンダを疲弊させる要因のひとつとなってしまい、現在の自動車業界におけるホンダのプレゼンスを弱めている理由なのかも。

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これについてはもうどうしようもありませんが、だからこそ経産省も「日産と合併しては」と勧めたのかもしれませんね。

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チャレンジなくして名車を残すことはできない

もちろんホンダ以外にも多くの自動車メーカーが多くのチャレンジを行っており、マツダは「世界初のロータリーエンジン実用化」「オープンスポーツという市場を切り開いたロードスター」、トヨタは「高級車に対する世界の自動車メーカーの認識を改めさせたセルシオ」、日産には「それまでのスポーツカーに対するパッケージングとパフォーマンス、価格の常識をひっくり返したGT-R(R32)」といった成果も。

ただし現在は法規的にも資金的にもこういったチャレンジを行うことが難しくなっており(もう電動化方面でのチャレンジしかできない)、しかしチャレンジがなくては革新も行われず、自動車産業全体が(面白くないクルマばかりになって)衰退しそうだ、とも考えています。

参照:ホンダ名車図鑑

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