1990年代はバブルの象徴でもありますが、その頃の日産のバブル度合いはトヨタやホンダに比べて遥かに高かったように思います。
「シーマ現象」という言葉があったとおりシーマがバカスカ売れて日産は笑いが止まらなかったわけですね。
そんな背景もあり、日産の当時のオプションというのも今では考えられないようなもので、40万円くらいの段通カーペットはじめ、ドアミラーワイパー、おしぼり用温冷庫、24金メッキエンブレム、純金キーなどがありましたね。
また車本体もグレードによって細かくパーツを分けて専用設計とするなど、共通化やコストダウンが徹底した現在では考えられないような製品づくりがなされていたことも特徴です(S13シルビアだとJ/Q/Kでかなりの相違があった)。
キーにおいても、当時「国産初の自主規制上限である280馬力カー(R32GT-Rのほうが発表早かったが発売は遅かった)であるZ32フェアレディZに採用されるものはチタン製であったり、とこれまた贅を尽くしたものでした。
なおZ32はその後販売が下降しバブルが崩壊した際、装備を簡素化した廉価モデル(バージョンS)を発売していますが、この時にチタンキーは無くなり、それまでの「スペアキー」がそれ以降のモデルの標準キーへと格上げされています。
加えて内装を剥がさないとわからないような内張り内の吸音材が省略されたり、Tバールーフを外した際のデフレクターがなくなったり、とコストダウンの度合いもハンパではなかったので、日産は「どこにお金をかけるか」と同時に「どうすれば安く車を作れるか」ということを知っていた、ということなのでしょうね。
その後も車に使用する鋼板の質を落としたり、塗料のサプライヤを変えたり(そのため、一時期を境に日産のボディカラーは入れ替わっている。それまでのサプライヤが日産の値切りに耐えられずに供給を停止したため)、という徹底したコストダウンを行っています。
そういった意味では、このチタンキーは「バブルの象徴」でもあり、記念すべき(ぼくが乗っていた)フェアレディZの遺品でもあります。