>ランボルギーニ(Lamborghini)

中東の王子がワンオフ仕様にて注文したランボルギーニ・ウラッコ。なぜかテキサスで36年も放置されていたところを発見→競売へ

投稿日:

中東の王子がワンオフ仕様にて注文したランボルギーニ・ウラッコ。なぜかテキサスで36年も放置されていたところを発見→競売へ

| ランボルギーニ・ウラッコは「ランボルギーニの新しい運命」を切り開くはずのクルマだった |

この個体の内外装は「50年近く経過している割に」悪くはなく、しかしエンジンとトランスミッションが欠損

さて、少なくとも1985年から放置されているというランボルギーニ・ウラッコがオークションに登場。

このウラッコについては特筆すべき点は「サウジアラビアの王子によって注文された」特別な個体だということで、その王子とはタラール・ビン・マンスール王子(正式な名はタラール・ビン・アブドゥルアジーズ・アル・サウドだとされている)。

もともとはアルジェント(シルバー)にペイントされていたそうですが、いずれかの時期にアメリカへと輸入され、その後テキサスに流れ着き、以降はテキサスでずっと放置されていた、という経緯を持つようです(どの段階でレッドにペイントされることになったのかはわからない)。

落札価格は285万円

このウラッコは米ebayに出品されており、つい数日前に落札されたところで、その落札価格は285万円。

入札はわずか10件のみにとどまり、かなり安く落札されていますが、その理由は「エンジンやトランスミッションがない」ためだと思われます。

1 (3)

パワーウインドウやエアコンも装着されているものの、実際に動作するかどうかは不明です(詳しい記載はなく、しかし状態を見るに、作動しないと考えたほうが良さそうだ)。

1 (1)

なお、インテリアは「グレー(ホコリを被っていて白っぽく見えるように思うが、実際のインテリアカラーも見たまんまのグレーであるようだ)」を採用しており、このカラーは王子による特別オーダーだったと記載されており、当時は「シルバーのエクステリアにグレーのインテリア」という渋い仕様を持っていたということになりそうですね。

1 (5)

車体ナンバー等を示すプレートもちゃんと残っているので、ランボルギーニ側に保存されているであろうスペックシート等を確認すれば当時の仕様を確認でき、製造されたときの姿に戻すことができるかもしれませんね。

1 (2)

ランボルギーニ・ウラッコはこんなクルマ

ランボルギーニ・ウラッコは51年前の10月、つまり1970年10月に発表されたクルマ。

そのデビューはトリノショーで、ターゲットはズバリ「ポルシェ911」だったと言われており、そのためにリトラクタブルヘッドライトや強いウェッジシェイプなどスーパーカー的ルックスを持つにもかかわらず、レイアウトは「2+2」を採用しています。

そしてそれを実現可能としたのは「パオロ・スタンツァーニとマルチェロ・ガンディーニ(当時はベルトーネに在籍)」という、ミウラやカウンタックでもおなじみのスーパーデュオ(この二人の手にかかると、無理だと思われるレイアウトでも実現してしまう)。

1 (11)

今回出品されたウラッコは1973年に発売された「P250S」で、これはパワーウインドウ等の快適装備を持っていることが特徴となっており、搭載されるエンジンは2.5リッターV8、出力は220馬力、0-100km/h加速は6.2秒、最高速は245km/hというスペックを持っています。

1 (8)

エンジンはもちろん車体ミッドにマウントされ、そして車体はオートメーションによる量産を前提に設計されたセミモノコック(当時としては画期的だった)、ボディサイズは全長4,249ミリ、全幅1,759ミリと「かなりコンパクト」。

そしてこのコンパクトなボディでも「4人」乗れるようにサスペンションはフロント/リアともにマクファーソン・ストラットを採用していますが、ウラッコは車体とエンジン含めて完全新設計となり、ランボルギーニとしては当時”社運をかけた”クルマだったと言われます。

フェラーリが「ディーノ」にて顧客の裾野を広げようとしたのと同様、ランボルギーニもウラッコによって新たな顧客を獲得しようとしたのでしょうね。

1 (9)

ウラッコは「(V12ではなく)V8エンジンを搭載する初のベイビーランボ」という位置づけで、その系譜としてはP250ウラッコ(2.5リッター220馬力、1970-1976年)、P200ウラッコ(2リッター182馬力、1974-1977年)、P300ウラッコ(3リッター265馬力、1975-1979年)、そして名称が変わってタルガトップ版のシルエット(1976年〜1979年)も存在します。

1 (7)

その後はジャルパ(1981〜1989年)へとバトンタッチするも、「ベイビーランボ」としてはその血筋が一旦途絶えることになり、しかし2003年はガヤルドが(V8にかわりV10エンジンを搭載して)登場し、その後はウラカンへと続いているのは御存知のとおり。

1 (6)

ウラッコの総生産台数は776台(791台説もある)だという記録が残り、これは1960-1970年代のランボルギーニとしてはエスパーダの1217台に次ぐ数字であり、けっこう人気が高かったと言って良いかと思います(参考までに、ミウラの生産台数は765台)。

「ウラッコ(Uracco)」の名称については、ほかのランボルギーニの多くのモデル同様、闘牛に由来している、と報じられます。

1 (4)

合わせて読みたい、ランボルギーニ・ウラッコ関連投稿

ランボルギーニ・ウラッコは今月で発表50周年!ガヤルド/ウラカンの祖先はこんなクルマだった

この記事のもくじ| このクルマが50年も前に製造されていたというのが信じられない |ランボルギーニ・ウラッコはこんなクルマランボルギーニ・ウラッコはガヤルド、ウラカンの祖先ランボルギーニ各モデルの販売 ...

続きを見る

次期ポルシェ・ボクスター/ケイマンは400馬力のEVへ?さらには次世代アウディTT、ランボルギーニ”ウラッコ”リバイバルモデルと車体共有のウワサ

この記事のもくじ| ランボルギーニ・ウラッコ復活のウワサははじめて聞いた |どんどん色々なウワサが出てくるぞなんと話はランボルギーニにまで拡大こんな記事も読まれています | ランボルギーニ・ウラッコ復 ...

続きを見る

参照:Autoevolution

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でintensive911をフォローしよう!

->ランボルギーニ(Lamborghini)
-, , , , ,

© 2021 Life in the FAST LANE. Powered by AFFINGER5