| このティレルP34は、エンジニアたちが本気で何かを成し遂げようとした情熱を形にしたF1マシンである |
この時代は毎年何らかの「新鮮な驚き」を持つF1マシンが登場していた
さて、ブラバムBT46B(ファンカー)、ウィリアムズ・ルノーFW14B(アクティブサス搭載車)と並んでぼくが強く記憶しているF1マシン、それがタイレル(ティレル)P34。
F1史上もっとも奇妙な「6輪車」ですが、この6輪を選択したきっかけは「レギュレーションによってフロントウイングの幅が小さくなり、これまでのタイヤサイズだと、小さくなったウイングからフロントタイヤが大きくはみ出してしまい、エアの流れを効率的にコントロールできない」から。
必要は発明の母である
そしてティレルが考えたのが「ウイングが小さくなったなら、フロントタイヤもそれにあわせて小さくすればいいじゃない?」ということ。
たしかにこれによってフロントタイヤが露出する面積は減るものの、タイヤ直径が小さくなるために接地面積が減ってしまい、それをカバーするために「だったらフロントタイヤを2個から4個に増やすか・・・」という理由によってフロントが6輪となったわけですね。
そして今回の動画においてこのティレル6輪をドライブするのはスティグとして知られるベン・コリンズ。
スティグの正体が明かされていなかったころ、スティグの中の人は「フェルナンド・アロンソ、もしくはミハエル・シューマッハでは」とウワサされたほどのドライビングスキルを持つことでも知られます。
話をティレル6輪に戻すと、デビューイヤーは1976年。
発表時には誰もが「6輪」を予期していなかったために(それは当然である)大きな驚きを持って迎えられ(ほとんどの人がどう反応していいかわからなかったという)、しかし人々の困惑ぶりをよそに初戦では予選3位(決勝はクラッシュによるリタイヤ)、二戦目は4位入賞、三戦目は2位と3位を獲得し、四戦目ではなんとワンツーフィニッシュを決めるという活躍ぶり。
ドライバーはジョディ・シェクターとパトリック・デパイユで、この4号車はパトリック・デパイユがドライブしたマシンです。
こうやって見ると、コンパクトなフロントタイヤがフロントウイングに隠れていることがわかりますが・・・。
リヤタイヤはまともに風を受けるので空力的にはさほど(フロントタイヤ小径化の)効果がなかったとも言われています(実際のところ、最高速は伸びなかった)。
ただ、フロントを6輪化することで、結果的にそれまでのフロントタイヤに比較して60%接地面積が増え、その結果ブレーキがよく効くようになったためにコーナーの奥まで突っ込めるようになり、なんと初年度にはファステストラップも記録しています。
参考までにですが、このティレルP34の見た目のインパクト、その戦績はあまりに強烈であり、よって(信じられないことに)フェラーリ、ウィリアムズ、マーチも6輪車を試作したという事実もあるほどで(いずれも実戦には投入されていない)、ティレルP34が残した爪痕はあまりに大きく、そして深かったと考えて良さそうです。
その一方、あまりにフロントタイヤのコストが(専用品なので)高かったこと、特殊なドライビングスタイルをスキルを要求するためそれに対応できないドライバーは速く走れなかったこと(実際に、マーチから移籍したピーターソンはいい成績を残せていない)などの理由から、1977年を最後にこの「6輪」はサーキットから姿を消してしまうことに。
そして1983年には「タイヤは4輪まで」と車両規定が改正されてしまったので、もう二度と「6輪」のF1マシンは見ることができないという状況です。
このティレル6輪は、(レギュレーションで縛られた)現代のF1ではもはや不可能になってしまった「異次元への飛躍」が可能であった時代の産物であり、不可能を可能にしようと努力し続けたエンジニアたちの情熱によって見事勝利を掴んだ画期的なF1マシン。
ぼくはこういった「常識に囚われず、前に進もうとしたクルマ」が大好きです。
ティレル6輪を乗りこなすには独特のスタイルが必要
ベン・コリンズによると、「自分で勝手に運転してくれるようなたぐいのマシンではない。性能を引き出すためには、クルマを積極的に操らなければならない。小さなタイヤと大きなタイヤが提供するものを最大限に引き出すために、ブレーキングで限界に挑戦する。アグレッシブなドライビング・スタイルで、太いリアタイヤをスリップさせ、より大きな力を引き出すことが必要だ」。
加えて乗り心地があまりに悪いこと(カートのような小さなフロントタイヤで走っているので当然かもしれない)、ペダルの位置が悪くロールケージに脛が当たること(すね当てが欲しいと述べている)にも言及しています。
要は「かなり運転が困難で、攻撃性が高い」マシンということになりますが、ベン・コリンズはこのティレル6輪を「ドリームカー」だと表現しており、それなりに楽しいひとときを過ごしたようですね(羨ましい)。