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今年はついにフェラーリが50年ぶりにル・マンへ復帰!フェラーリが最初にル・マンで勝利した166MMは「初のV12優勝車」「史上最小排気量」だった

投稿日:2023/01/06 更新日:

今年はついにフェラーリが50年ぶりにル・マンへ復帰!フェラーリが最初にル・マンで勝利した166MMは「初のV12優勝車」「史上最小排気量」だった

| やはりフェラーリにとってV12エンジンは特別な存在であるようだ |

そして最新のル・マン・ハイパーカーはV6+ハイブリッド

さて、フェラーリは今年ついにル・マン24時間レースに復帰を果たしますが、今回フェラーリ公式にて「フェラーリとル・マン24時間レース」を振り返るコンテンツが公開に。

フェラーリのル・マン24時間レース初優勝は1949年のことで、これはフェラーリが市販車第一号を路上に送り出したわずか3年後です。

しかもフェラーリはこの3年の間にタルガ・フローリオ、ミッレ・ミリアでも優勝を飾っており、まさに破竹の勢いだったということがわかりますね。

ただしル・マン24時間レースは「格」が違った

なお、タルガ・フローリオ、ミッレ・ミリアともに有名なレースではあるものの、しかしそれらに参戦するのはイタリアのチームが多く、一方のル・マン24時間レースだとイタリアだけではなくフランス、ドイツ、イギリスなど(当時)欧州全土から強豪が集まるため、そこで勝利をあげることには特別な意味があったといい、そして1949年の勝利によってフェラーリは一気にその名声を高めることになったようですね。

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そしてル・マン24レースはその後も拡大を続けて世界中から速さ自慢のチームが集まることになり、1949年に優勝を飾ったフェラーリのマシンは24時間で3,178kmを走ったものの、2022年の優勝チームは5,177kmを走ったといい、つまりはそのぶん平均速度が大幅に高くなっているということを意味します(2022年の優勝車だと平均時速215km/h)。

ちなみにですがル・マン24時間レースは今年で100周年を迎えることになり、F1 モナコGTやインディアナポリス500と並び「世界で最も有名な」そして格式の高いレースとして知られていますが、F1のように年間通じて複数のレースを通じてポイントを競うのではなく、「1年にたった1日、24時間ぶっ続けで走る」レースであり、その日(レース当日)にクラッシュしてしまえばレースはもうおしまい。

しかしながらチームはその1日のために寝食を忘れてマシンを開発し、ドライバーはトレーニングに励むため、そこでの勝利はまた格別のものがあるかもしれません(もちろん、年間通じて戦うF1の勝利もまた別の重みがある)。

1949年のル・マン24時間レースではフェラーリは2つの記録を達成した

なお、1949年にル・マン24時間レースで優勝したフェラーリのマシン「166MM」は優勝と同時に2つの記録を打ちたてており、ひとつは「V12エンジンを搭載したマシンでは初めての勝利だった」こと、もうひとつは「ル・マンで優勝したクルマの中では最も排気量が小さかったこと(2015年まで記録を保持していた)」。※エンツォ・フェラーリがV12エンジンにこだわったのがよくわかる

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当時のライバルたちはいずれも大排気量の4気筒や6気筒エンジンを積む大きなクルマだったそうですが、フェラーリ166MMは2リッターV12という、今からでは想像もできないような小さな、しかしシリンダーの多いエンジンを搭載しており、しかしレースにおいてルイジ・キネッティはトップに立つと、一度もそれを譲ることなくチェッカーを受けたとされています。

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そして驚かされるのは、ルイジ・キネッティのチームメイトであるピーター・ミッチェル・トムソンが体調を崩し、1時間12分しかドライブしなかったため、ルイジ・キネッティがなんと23時間も一人で走ったこと(過去には1人で24時間を走ったドライバーもいるが、今はそれは許可されていない)。

その後フェラーリは1954年と1958年、さらには1960年から1965年にかけて6連勝を達成し、都合9回のル・マン24時間レースにおける勝利を記録していますが、翌年の1966年には「打倒フェラーリ」を掲げたフォードGT40に敗れてしまいます。

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なお、フェラーリが最後にル・マン24時間レースに参戦したのは1973年(312Pが2位に入っている)。

そしてそこから50年が経過し、さらにはル・マン24時間レース100周年記念という節目にフェラーリがサルト・サーキットへと戻ってくることになり、しかもポルシェやBMWほか多くのライバルと戦うということで、ぼくとしては今からル・マン24時間レースの開催を待ちきれないというところ。

フェラーリが今年のル・マン24時間レースに持ち込むのはハイブリッドハイパーカー「499P」ですが、このカラーリングはフェラーリが最後にル・マン24時間レースに参戦させた312Pをベースにしているとアナウンスされていて、このあたりはフェラーリがル・マン「復帰」にかける想いを表している部分なのかもしれません。

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参照:The Official Ferrari Magazine

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