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【動画】この一台が日産の運命をすべて変えた!GT-Rの駆動システム、フェアレディZのエンジンの基礎を持つ1985年のコンセプトカー「ミッド4」

投稿日:2019/02/24 更新日:

市販に至らなかったのは残念だが、その技術は後の自動車業界を大きく変えた

ニスモ(NISMO)の公式Youtubeチャンネルが突如として日産が80年代にリリースしたコンセプトカー「MID4(ミッド4)」を紹介する動画を公開。

1980年代後半というのは日本の自動車業界にとって大きな変革を迎えた次期で、1989年にはトヨタ・セルシオ(レクサスLS)、マツダ・ロードスター、ホンダNSXの初代が登場し、ほかにはR32 GT-R、そしてGT-Rとともに当時の自主規制枠ギリギリの「280」馬力を誇ったフェアレディZ(Z32)が登場した次期でもありますね。

加えて当時日産は「90年代には技術世界一を目指す」という”901運動(901活動/プロジェクト901とも)”を行っており、ミッド4はその一環によって誕生したクルマだとも考えられます。

MID4は当初市販を検討していない「実験用車両」だった

そして日産MID4は1985年の発表ですが、見ての通り「スーパーカー」スタイル。
一部では「ホンダNSXの日産版」と揶揄されることがありますが、ホンダNSXの発表は1989年(開発スタートは1984年)なので日産MID4はけしてNSXを意識したものではない、ということもわかります(この時期は、日本における多くの自動車メーカーが世界のトップを様々な方向性から目指そうとしていた)。

ただ、このMID4は当初市販を考慮に入れて開発されたのではないということがホンダNSXとは異なり、その目的は「その後の車両に反映させる高速走行性能のテスト」と「ラリーへの参戦」。

そのために市販という「コストという問題が常に付きまとう」制約を取り払った最先端技術がふんだんに盛り込まれることになり、日産が初挑戦したミッドシップに加え、後輪操舵の「ハイキャス(HICAS)」、4輪駆動といった技術が投入されています。

なお、エンジンは3リッターV6(245馬力)とさほど目を引く数字ではなく、これは当事の時代背景を考慮しても特筆すべきものではありません。
ただ、上述の通りMID4は様々な技術の試験場的意味合いがあったクルマであり、速度を誇示するクルマではなかった、ということなのでしょうね。

バブル経済の到来がすべてを変える

そして日産MID4が発表されたのは1985年のフランクフルトモーターショーで、当事日本は「バブル経済に向かっていた頃」。
よって、多くの富裕層が誕生し、試験的意味合いから発表されたこのクルマに対して市販希望が多く集まったのではないかと考えられ、そしてバブル経済の後押しもあり、日産は本気でこれを市販しようという考えに転じたんじゃないかとぼくは考えています。

なお、1988年に発売された初代シーマ(Y31)は中心価格帯500万円という、当事としては「非常に高価な」クルマで、しかしそれが飛ぶように売れたことで”シーマ現象”なる言葉が誕生したほど。

当事ホンダ・シビック、CR-Xの新車価格が150万円前後だったので、当事のシーマの価格は今の感覚だと700−800万円くらいになるんじゃないかと思いますが(そして当事はこの価格帯の国産車が他になかった、というのは今とは全く異なる事情)、これが文字通り「売れまくる」ことになり、それほどの高額車が売れる世の中になったという驚きの現象をあらわしたのが「シーマ現象」という言葉になります。

やはりそのコストは「大きくなりすぎ」市販を断念

とにかく当事の世の中はそういった環境になっていて、となると日産が「MID4を発売してもイケるんじゃないか」と考えるに十分な下地があり、よって(シーマ現象の前ではありますが)1987年に登場したのがMID4の進化版である「MID4 Ⅱ(1987)」。

これはかなり現実的なクルマでもあり、サスペンションはフロントがダブルウィッシュボーン、リアがマルチリンク(MID4では前後マクファーソンストラット)。
エンジンはV6ツインターボのVG30DETT(330馬力)縦置きとなっています。※MID4はランボルギーニ・ミウラと同じ横置き

ただ、ここから「MID4 Ⅲ」へと進化させようとしたときに日産は「NO」の判断を下すことになりますが、おそらくこれは「ミドシップカー製作のコストが膨大になるため」。

というのも、VG30DETT/VG30DEは国産車初の量産V6エンジンとしてフェアレディZとレパードに積まれていますし、4輪操舵、4輪駆動はスーパーHICAS、アテーサE-TSとしてR32 GT-Rに搭載。
マルチリンクサスペンションについても同様です(インテリアデザインはZ32フェアレディZ、S13シルビアに反映されている)。

つまりMID4、MID4 Ⅱで開発されてきた技術は「ミドシップ以外」はことごとく市販車に投入されていることを鑑みるに、「ミドシップだけ」がMID4市販化の障壁であったと言えそう。

実際のところ、当事のフェアレディZ(Z32)は非常にデザインコンシャスなクルマではありますが、サイドシルの形状はもともと市販モデルと異なるものが予定されていたといい、しかしその形状を再現するには「(不可能ではないが)製造効率が下がるから」という理由で却下された、とものの本で読んだことがあります。
つまり日産はデザインよりもコストを優先させたということになり、であればミドシップレイアウトも同様の理由で却下されたと考えても良さそう。

日産MID4の技術は現代でも引き継がれている

なお、R32 GT-R(R33、34も)に搭載されたアテーサE-TSはポルシェ959に搭載されたトルクスプリット4WDによく似た機構を持ちますが、これはポルシェが「高価すぎて量産車には搭載できない」としたもの。
ポルシェ959の新車価格が4600万円くらい、R32 GT-Rが460万円くらいだったと思うので、日産はポルシェと同じシステムを1/10の価格のクルマに搭載した(というか1/10の価格で実現した)ということになりますね。

なお、日産はその後アテーサの開発を中止したとされ、そのチームを引き抜いてホンダが開発したのが(レジェンド、NSXに搭載の)SH-AWDだとされています。※前後トルクスプリットから4輪トルクベクタリングへと進化している

その意味では「市販化に至らなかったものの、日産MID4は4に搭載される技術は大きく後の自動車業界を変えた」とも言えますね。

それでは動画を見てみよう

こちらがニスモによる日産MID4の紹介動画、「Meet the Nissan Mid 4: The Concept that changed everything.」。

そしてこちらば1987年当時、ベストモータリングがサーキットにて日産MID4を走行させた動画、「NISSAN MID4 日産ミッド4で全開走行!!【Best MOTORing】1987」。

VIA:NISMO TV

 

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