
| ボクは自分で決め、自分に課したルールは「絶対に」破ることはない |
「こうと決めれば」ボクは何が何でもそれを守り通す傾向にある
さて、ぼくは今月末をもって退任し、その後は無職となるわけですが、この7-8年ほど、ぼくが会社に着ていった服は「春夏」「秋冬」でそれぞれ2セット、靴は1足、バッグは1つのみ。
この7-8年、ボクはこういった服を着て会社に行っていた
そして実際に会社へと着ていった衣類についてですが、春夏はこのTシャツ(デウス・エクス・マキナとサタデーズ ニューヨークシティ)2枚に・・・。

秋冬はこのナイキのパーカー2着のみ。

そして「下」はいずれの季節も「プーマ」「ニールバレット」の2本のみです。

両方とももう膝が抜けてシワシワで・・・。

プーマの方のポケットはボロボロ。

靴はナイキのスニーカー(NOCTA)で・・・。

バッグはF/CE。

いずれもセールやアウトレットで購入したもので単価「数千円」レベルの製品、そして全て「(バッグを除くと)黒」。

そして参考までに腕時計は(いくつか買い替えたものの)アップルウォッチのみを身に着けて出社しています。

さらに言えば、髪型や髪の毛の色も「ずっと同じ」で、つまるところ、ぼくは「ユニフォームのように」同じ服を着て、同じものを身に着け、あるいは持って出社していたということになりますね。
なぜボクはずっと同じ服を着ていたのか
なお、こういった「同じ服ばかりを着るようになった前」にはそれなりに色々な服を着ていったりしたのですが、7-8年前、ある日を境にぼくは同じ服ばかりを着るようになります。

そして「そうなった」出来事がもちろんあって、それは「乗っているクルマについて非難されたから」。
具体的にいえば、ぼくはクルマに乗って通勤しており、会社の駐車場にクルマを停めているので「何に乗ってきたか」がわかるわけですね。
そしてぼくはおおよそ1年程度で通勤車を買い替えていて、その中にはレンジローバーやポルシェ、BMWなどが含まれていて、それら「高額なクルマ」についてある種の(そしてよくある)指摘を受けることに。

この指摘はぼくを非常に不快な気分にさせたわけですが、これに対する「抗議」としてぼくは「安価な、そして同じ服」しか会社に着てゆかなくなり、そして抗議の意図としては「ずっと同じ服を着てるんだからクルマくらい好きなモノに乗せろ(仕事は楽ではなく、好きなクルマに乗って通勤でもしなければ、とても耐えられるものではない)」。※つまりヘソを曲げたわけである
そして「ブラック」をカラーに選んだのは「黒子に徹する」という意思、さらには「自分は制限を受けている」という主張でもあり、それ以降、ぼくの仕事に対するスタンスが変わったこともまた事実。
かくしてそれ以降ぼくはずっと同じ服を着て出社することになり、この抗議の意図が伝わったのかどうかはわかりませんが、それはおそらく「最後の出社日」まで続くことになりそうです(最終日くらいは違う服を着てゆこうかとは思ったが、やはりそこは意思を貫き通すべきである)。

ボクは制限されるのも制限するのも願い下げである
参考までにですが、ぼくは「制限」が非常に嫌いであり、法に触れたり公序良俗やマナー、常識に反するものであればともかく、そうでない限りは「人の好みや持ち物、髪型や服装に口出しすべきではない」とも考えています。
その理由としては、持ち物や格好でその人の価値が決まるわけではなく、そして好きなものを持ったり身につけることができなくなれば、その人は本来のパフォーマンスを発揮できなくなる可能性があるから。

人が持つ”モノ”というのは、意識しようとしまいと「自分を表現する手段のひとつ」「自分の考え方を他人に伝える小道具」であり、その手段を奪われる、あるいは否定されたり制限を受けるということは「自分を否定されるのと同じ」であり、そこで何らかの制限を行ってしまうと、その人の能力すら「制限してしまう」ことになるんじゃないかと考えているわけですね(ぼくは自分が押さえつけられるのと同じくらい、他人を押さえつけるのが嫌いである)。

そんなわけで2枚のTシャツ、2着のパーカー、2本のスウエットパンツ(ジャージ)、1足のスニーカー、1つのバッグについては随分酷使してしまうことになり、あるいは事情さえ異なれば、それらの製品は「もっと穏やかなライフを送ることができた」可能性も。
そう考えると、これらには「ぼくのわがままに突き合わせてしまい」大変な苦労をかけてしまったということになりますが、今後は今までよりも丁寧に、そして抗議の意味ではなく愛情を込めて(退任後も)着用したいと思います(これらは期せずして、ぼくの人生でもっとも記憶に残る衣類やモノとなった。どんな姿になってもこれらを捨てることはないであろう)。

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