| イエローのデ・トマソ・パンテーラはわずか225台しか製造されていない |
デ・トマソ・パンテーラは品質に難があったと言われるが、今でもこの状態を維持できているのであれば「立派なもの」だと思う
さて、スーパーカー世代であれば、まずその名を記憶しているであろうクルマがデ・トマソ・パンテーラ。
1971年から1992年まで製造された長寿モデルであり、合計で7,260台が製造されています。
なお、(意外なことに)イエローのパンテーラは225台しか製造されていないといい、そして今回オークションに登場するのが1974年に製造されたイエローのパンテーラ。
デ・トマソ・パンテーラはこんなクルマ
このパンテーラはデ・トマソの創業者であるアレッサンドロ(アレハンドロ)・デ・トマソと(当時の)フォード副社長であるリー・アイアコッカとが企画したクルマで、フェラーリやランボルギーニといったイタリアンスーパーカーに対抗することを目的として生を受けています。
ただ、その対象となる市場は「アメリカ」で、デ・トマソとフォードとが利益を得るために安価に製造して大量販売するという動機から誕生しており、よってフォードの既存エンジン(フォード・マスタングに積まれていた、330馬力仕様の351キュービックインチ”クリーブランド”V8)を使用することに。
そのため車体には「パワード・バイ・フォード」のバッジが装着されています。
車両のデザインを行ったのはカロッツェリア・ギア(GHIA)で、このギアは1970年にデ・トマソからフォードへと売却されていて、このあたりを見てもフォードとデ・トマソとの蜜月ぶりを伺えますね。※しかもパンテーラはフォードのディーラー経由で販売された
車体構造は(当時のスーパーカーには珍しい)スペースフレームではなくモノコックを採用していますが、これも収益性を重視し”生産効率”を重視したため。
こういった「フォードの既存エンジン搭載」「量産車の採用するモノコックフレーム採用」ということから(お金儲けのためのクルマと捉えられて)一部では敬遠されるものの、フェラーリやランボルギーニに比較すると半額近い価格に設定されていたために一部では人気を博し、よってその後パンテーラGTS、パンテーラGT4、パンテーラGT5、パンテーラGT5S、パンテーラSI(最終バージョン)といった具合に発展し、20年以上の長きに渡って生産されることとなったわけですね。
なお、アレッサンドロ・デ・トマソは「レーシングドライバー」であったとも伝えられますが、明確な戦績を残しておらず、よってクルマ好き程度にとどまっていたという話もあり、しかし資産家の令嬢と結婚したことで莫大な資金を手にすることになり、それを背景に1963年に市販車第一号”ヴァレルンガ”、1966年に”マングスタ”を発売しています。
このマングスタもまたフォードとの共同開発によるクルマであり、とにかくフォードと繋がりが深かったのがデ・トマソではあるものの、1970年代はじめに起きたオイルショックによってフォードとの関係性が切れてしまい、その後はマセラティを買収して1981年に「ビトゥルボ」をヒットへと導き、しかしこのビトゥルボもまた旧来のマセラティファンからは「拝金主義的な、お金儲けのためのクルマ」と捉えられることに。
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その後マセラティは1993年にフィアットへと売却されるのですが(そこからの親元はFCA→ステランティスと続いており、身売りしていない)、参考までに、以前にマセラティのサイトに掲載されていた同社の公的な歴史に関する記載ではアレッサンドロ・デ・トマソに関する記載がなされておらず、これはつまりマセラティ自身がアレッサンドロ・デ・トマソについて好ましく思っていなかったということなのかもしれません(現在公開されている社史には数行のみ記載がある)。
もうひとつ参考までに、欧州ではアレッサンドロ・デ・トマソとマセラティとの関係につき、「マセラティのブランドイメージを利用して利益を得た男」「自動車に対して愛をもって接した人物ではなく利益のために自動車を売った男」だという捉えられ方が一般的であり、商業的には成功したにもかかわらず、デ・トマソ時代のマセラティを「暗黒時代」とまで表現することもあるもよう。
このデ・トマソ・パンテーラはこんなインテリアを持っている
このパンテーラに話を戻すと、ブラックレザーを使用した内装が与えられ、エクステリア同様になんと「フルオリジナル」。
製造された年代を考慮するならば、かなり美しい状態を維持していると言っていいかもしれませんね。
そして車両にはオリジナルのオーナーズマニュアルと当時の文献や資料が付属しており、これらはかなり貴重かも。
ステアリングホイールは「4本スポーク」。
トランスミッションは5速マニュアルです(フェラーリやランボルギーニのようなHパターンではない)。
「縦」に内蔵されたオーディオがなんともイタリアン(アメリカ、ドイツ、日本のクルマではまずこういったレイアウトはないと思う)。
上述の通り「いろいろと」言われることが多いデ・トマソ、そしてパンテーラではありますが、パンテーラそのものは自動車の歴史上非常に重要な意味を持っており、その価値が失われることは永遠にないと考えています。
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参照:MECUM Auctions