| フェラーリのスペシャルモデルのうち、F40のみ改造車が少なくはないようだ |
そしてその改造は多くの場合、「レース」に直結している
さて、オークションハウス、RMサザビーズのプライベートセールにガッツリと改造されたフェラーリF40が登場(価格はASK)。
フェラーリF40というと、言わずと知れた「初のフェラーリの周年記念限定モデル」であり、現在に至るまでのスペチアーレの道のりを確固たるものとしたモデルです。
コンセプト自体が「そのままレースに出ることができるスポーツカー」であったためにスパルタンな内外装および仕様を持っていますが、当初の計画に比して遥かに多くの受注が集まり、よってスペチアーレとしてはかなり多めの1,311台が生産されています。
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フェラーリF40には改造車も少なくない
そしてフェラーリF40の特筆すべき点は「改造車が多い」ということ。
その理由は不明ではあるものの、もしかすると「工場出荷時のボディカラーがすべてロッソ・コルサであり」すべてのフェラーリF40の仕様が基本的に同じであったからなのかもしれません(やっぱり自分だけのオリジナリティが欲しい)。
よって多くのオーナーがF40を改造していますが、その改造の方向性については「とことんスパルタン」なものばかりで、つまりラグジュアリー性を追求したりオシャレにカスタムするというよりは、F40の性格をさらに伸長する方向性にて弄られているもよう。
このあたりはフェラーリF40のコンセプトをオーナーたちがよく理解している部分でもあり、だからこそ(通常では手をいれることが許されない)フェラーリの改造であっても”許される”風潮があるのかもしれませんね。
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フェラーリF40史上、もっとも過激なストリートモデル
そして今回RMサザビーズにて販売されているのがこのフェラーリF40ですが、1,000馬力を発生することも可能だといい、「史上最速」「もっとも過激な」フェラーリF40の呼び声の高い一台。
このフェラーリF40(シャシーナンバー80782)はまず”通常のF40として”1989年11月にフェラーリの工場にて製造が完了し、その後はオランダのフェラーリ正規輸入代理店クロイマンスBVに新車として納車されています。
その3年後にはクロイマンスBVのレーシング部門であるカヴァリーノ・チューニングのピーター・ヴァン・エルプ氏によってレース用にコンバートされますが、この際エンジンはそのままに、イントラックス社製の新型レーシングショックアブソーバー含むサスペンション、スタック製のメーター、ブレーキ、ボディワーク(イエローに再塗装)等の変更がなされるとどまります。
レース仕様に換装されたF40はオランダのブラリクムにあるダッチ・レーシング・プロモーションに売却され、H・W・テ・パスが競技にて使用することになり、実際に1993年から1994年にかけて、H・W・テ・パスはダンクラン・ハイスマン、デビッド・ハートらとともにレースに参戦することに。
改造を担当したのはフェラーリF40 LMを世に送り出したミケロット
1995年には、サーキットでの競争力を維持するためにさらなる改造が施され、この一連の作業はイギリスのG-Tex社によって行われ、アップグレードされたロールケージやエアジャッキが装着されますが、このときはじめてエンジンにも大きな手が加えられ、出力は700bhpを大きく上回る仕様が与えられています。
なお、この改造にはミケロットも参加したそうですが、ミケロットは19台のレース用F40を製作し(F40 LMとして知られる。このうち初期の3台のみをF40 LM、残りをF40コンペティツォーネとするケースもある)、さらにイタリアン・スーパーカー選手権用に7台のF40 GT、BPRグローバルGTシリーズ用に7台(6台説もある)のF40 GTEが製作されています。
そしてこれらのパーツを装着した(上記とは別の)F40も数多く存在した、とも言われていますね。
その後、フェラーリ/ポルシェ・チャレンジに参戦するため、デビッド・ハートによってさらに改良が加えられ、ハートとマイク・ヘゼマンがドライブし、1998年にもH・W・テパス、デビッド・ハート、バート・プログという布陣にて同シリーズに参戦していますが、1997年にはフェラーリ・コレクターでレーシングドライバーのミシェル・オプリーに売却され、1997年から1998年の冬にかけ、更なるチューニングが施されたという記録も。
このF40はミシェル・オプリーのドライブにて2006年までレースを走り、同年にはイギリスを拠点とするレーシングチームに売却され2009年までレースに参戦していますが、その10年後である2019年に英国サリー州エポゾムのオートフィチーナによってサスペンションのクラックテストが施されたほか、新しい燃料タンクと消火器が取り付けられるなどのリファインがなされています。
このグレーにペイントしたのは現オーナー
そして現オーナーがこのF40を手に入れたのち、イタリアはマラネロにあるザナシグループ(Zanashi。フェラーリのペイントやカスタムにて知られ、フェラーリとは60年の取引がある)へと車両が持ち込まれ、ここでこの「グリジオ・ナルド」へとペイントされたようですね。
なお、グリジオ・ナルドは英語だと「ナルド・グレー」なので、アウディのRSモデル専用カラーなんじゃないかとは思いますが、予想外にフェラーリF40にマッチしているように思います(ナルド・グレーは大変に人気のあるボディカラーであり、多くのカスタムカー、チューンドカーに採用される。グレーという色のイメージをひっくり返した色だと言っていい)。
ただ、フェラーリに対しても十分な敬意が払われており、1960年代のスクーデリア・フェラーリ製レーシングカーをイメージしたエレクトリックブルーのファブリックシート装着、スクーデリア・フェラーリシールド(フェンダー上)といったカスタムも見られ、このオーナーがフェラーリに対してじゅうぶんに深い愛情を持っていることもわかります。
なお、このザナシでのカスタムと整備(ボディは一旦全て分解され、車体の整備も行われている)には12万3000ユーロ(約1700万円)を要したといい、改造車といえども「フェラーリと非常に繋がりが深い」ファクトリーにてそれが行われたことからも、「おそらく取引価格はノーマルよりも高いのでは」と見る向きもあるもよう。
ちなみに近年では、ノーマルの人気が高いことはもちろんですが、ちょっと変わった仕様や、特殊な経歴、そして何より「モータースポーツ参戦歴のある車両、優れた戦績を残した車両」の重要性が高まっており、このF40は多くのコレクターの注目をあつめることになりそうです。
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参照:RM Sotheby's