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■駄文(日々考えること)

人に言われて心に残る一言。「金の使い方が間違っている」

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ぼくは大変なモノ(製品=プロダクトという意味です)好きで、逆に人には対して興味がありません。
正確に言うならば、動物とモノは好きだけれど、人は好きではない、ということになります。

なぜかはわかりませんが、これは小学校の頃からの傾向で、とくにコミュニケーション障害というわけではないものの(むしろ社交性はあると自分では考えている)、人の中にいると相当な違和感を感じるわけです。
その違和感とは、「ぼくは本来ここにいるべきではない」、つまり自分が”かりそめの客”であるかのような感覚が常にあるからなのですが、これは多かれ少なかれ人が抱く感情なのかもしれません。
よって、ぼくは人と深く付き合うことができない(正直に言うと友だちがいないと言って良い)のですが、それは自分が好んでそうしていることで、まったく苦ではありません。

もしかするとそれは、父親の仕事の都合で少々気から1~2年に一回は引っ越しをしてきたせいで、別れが辛くならないように、あえて自分を周囲に馴染ませないように、垣根を作ってきたせいなのかもしれませんね。

逆に、モノと動物には非常に愛着を感じるのですが、なぜかと言われると、それは「モノと動物は裏切らないから」ということです(引っ越しても別れることなく持って行けるからかもしれない)。
モノは壊れることがありますが、それは設計ミスであったり使い方の問題であったりということで、正しい設計を持っていて、正しい使い方をしていれば正常に動作し、それは「人を裏切らない」と言えますね。
動物にしても同じで、動物は見返りを求めること無く人や中間を助けますし、人間のように外見で人を判断することはしません(ホームレスと動物とが一緒にいるのを見てもわかるように)。
動物は人と「心で」繋がっている、とぼくは考えているのです。

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そういった傾向もあって、ぼくは学生の頃からアルバイトで稼いだお金を全てといって良いほどモノに突っ込んできたわけですね。
しかしながら、一方で「人と人とのつながり」を大事にする人もいて、そういった人は「人との付き合い」にお金を投じます。
一緒に食事に行ったり、一緒に飲みに行ったり、ということですね。

ぼくは一人で生きるのが好きで、成功するにもとくにコネクションが重要だとは思いませんが、またある人はコネクションこそが人生の成功において重要なファクターである、と考えているわけです。

そして大学生時代に、そういった(コネクションを重視する)同級生から「お前は金の使い方を間違っている。モノではなく人との関係に投資すべきだ」とはっきり言われたことがあります。
ぼくはそれまで人とのつながりということに全く重きを置いていなかったので、それはちょっとした衝撃であったと記憶しています。
その友人はひたすらコネクションづくりに時間とお金を割いており、ぼくとは正反対のタイプとも言えますね。
それでもぼくは、「間違っている」という言葉で面と向かって非難されたことはあまり記憶に無く、その時ぼくがどういったリアクションをしたのか覚えていないのが残念でもあります。

今になって面白いと思うのは、ぼくを「間違っている」と非難したその同級生が、もしかすると現在では唯一の「友人」と言えるかもしれない、ということ。
彼は学生時代からコネクションを作ることを心がけ、その後キャリアを積むために就職した後に公認会計士の資格を取って独立し、現在はそれらのコネクションを活かして高額所得者専門の節税を管理していますが、「かなり成功している」と言っても間違いないでしょうね。

その友人からすると、ぼくを非難することで彼が得るものは何もなく(ぼくは彼に迷惑をかけていたわけではない)、何を思ってぼくを「間違っている」と指摘したのかはわかりません。
指摘を行うことでぼくが彼に悪い感情を抱く可能性は大いにあったわけですし、彼にしてみれば得をすることが無いわけです(放っておけば彼にも、誰にも害はない)。
機会があれば、なぜその時彼はぼくにそう指摘をしたのかを、一度聞いてみたいと考えています(彼はそのことを覚えていないかもしれないけれど)。

なお彼から指摘を受けた後も、ぼくは自分のスタイルを変えず、モノにひたすらお金をつぎ込んでいます。
ぼくはぼくの信念に従って生きているわけですね(一部の人から見ると寂しい人生と映るのかもしれませんが)。
ですが、そのモノが今のぼくに(お金へと)形を変えて恩返ししてくれているとも考えられ(ぼくはそう信じている)、そのお陰で生活できているのはありがたいことだ、ともぼくは考えています。

人との関係を顧みずにモノを重要視するぼくと、モノよりも人との関係に重きをおく彼。
それぞれが自分のスタンスを貫いて生きているわけですが、なかなか人生とは面白いものです。

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