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「オレ、ランボルギーニ買うわ」。そう言い放ったときの女性の反応について考える

2016/08/12

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「オレ、ランボルギーニ買うわ」

(一般的な収入の人が)そう言ったときの、奥さんもしくは彼女さんの反応はほぼ一様だと思うんですよね。
あきれたり、「絶対無理」と一蹴されるよりも先に、結婚前だと「あたしとの結婚、本当に考えてくれてるの?」とか「子供ができたらどうするの?」とか。
結婚している場合だと「そんなの買ってどーすんのよ家のローンもあるし子供の学費もあるしステップワゴンにしなさい」という感じのものだと思うのですよね。
※ステップワゴンに含むところはありません。ただの比喩です(同じくランボルギーニも比喩です)。

ぼくは人間の能力に限界は無いと思っていて、ぼくのような一般的な収入の人であっても、努力すればランボルギーニを買えると思っていて、それを現実的に実践しています。
現在の収入では無理であっても、買えるだけの収入を得るにはどうすれば良いか、そのためには何を成すべきか、それを理解して実行すれば、人生に不可能は無い、と信じているのですね。

「オレには無理」そう言う人は、自分で「無理」と決めつけることで将来の可能性を放棄しているに等しく、自らの限界を自らで定めてしまっているとも言えます。
明日は今日できなかったことをしよう、来年は今年できなかったことを成し遂げよう、そう考えて人は成長するわけです。
「どうせ無理だから」「やっても無駄だから」と考えて実行しないのは可能性の溢れた現代では非常にもったいない行為なんじゃないか、ということですね。

やってもいないのに無理とか無駄とかわかるはずもなく、たとえそれが失敗に終わったとしても、男子たるものひとつの目的に向かって己を磨いた、という経験はけしてマイナスにはならない、と思うのです。

なので、ぼくはいわゆる「夢」というものを持ち合わせていません。
しいて言えば、一般に世間で言われるところの「夢」はぼくにとっての「実現可能な将来」、つまり確固たる目的、と置き換えることができます(ぼくにとっての夢は手の届かない憧れではなく、実現可能な目標でしかない)。

ぼくが(勝つ見込みがなく他力本願的な)ギャンブルをしたり宝くじを買わないのは、そんなお金があれば自分に投資した方が結果としてより大きなお金を生むと信じているからであって、不確定要素の大きなものに自分の目的の行方を委ねることをしない、ということです。

話が逸れましたが、彼女さんや奥さんが「ランボルギーニを買うな」ということは、ひいては「ランボルギーニを買えるような大物になる可能性」を閉ざしているとも言えます。
将来ではなく現在のみを判断基準においているとも言い換えることができますが、女性にとっても男性が(漫然と日常を送るより)ランボルギーニを買おうとそれに見合う収入を得るよう努力したり、実際にランボルギーニを買える財力を身につけた方が(生活が豊かになって)良いでしょうし、ランボルギーニを買ってから開ける世界はなお良いのでは、と思ったりするのですが、そのあたりは男女間の差異であり、女性が永遠に理解しうる問題ではないのかもしれません。

「オレ、ランボルギーニ買うわ」

そういった時にキレるのか、もしくはたとえ「できるならやれば」というスタンスであっても応援してくれるのか、はその女性の「器」とも言えるんじゃないかとぼくは考えているのです。



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