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同じイタリアのスーパーカーでもこれだけ違う?実際に両方を運転して感じた、フェラーリとランボルギーニの決定的な相違

投稿日:2022/03/07 更新日:

同じイタリアのスーパーカーでもこれだけ違う?ぼくが考えるフェラーリとランボルギーニの決定的な性格の相違

| ひとくちに「同じような数値を持つスポーツカー」であっても大きくその差は異なる |

やはりクルマは「感覚で乗る」ものであり、その相性が重要だと改めて感じさせられる

さて、ぼくは引き続きフェラーリの購入(増車)を検討中で、そこで思うのが「フェラーリとランボルギーニはけっこうな違いがある」ということ。

もちろんこれは優劣の問題ではなく、両者の設計思想含む考え方の違いということになりますが、ここでぼくが感じ取ったことについて述べてみたいと思います。

ちなみにぼくが運転したことがあるフェラーリというと、360モデナ、F430、458イタリア、458スペチアーレ、カリフォルニア、カリフォルニアT、F12ベルリネッタ、FF、GTC4ルッソ、488GTB、488スパイダー、ローマ、ポルトフィーノ、F8スパイダー。

一方ランボルギーニだと、ガヤルド、ガヤルドLP560-4、ガヤルドLP560-4スパイダー、ガヤルドLP550−2バレンチノ・バルボーニ、ガヤルドLP570-4スーパーレッジェーラ、ウラカンLP610-4、ウラカンLP610-4スパイダー、ウラカンLP580-2、ウラカン・ペルフォルマンテ、ウラカン・ペルフォルマンテ・スパイダー、ウラカンEVO、ウラカンEVO RWD、アヴェンタドール・ロードスター、アヴェンタドールSといったところ(今思い起こすと、けっこう色々と乗っていたようだ)。

ランボルギーニとフェラーリとはその「生い立ち」が異なる

まずフェラーリとランボルギーニとは決定的にその成り立ちが異なり、フェラーリは「レーシングチーム」としてその歴史をスタートさせています。

ただしレースはお金がかかるため、使用済みレーシングカーを公道用にコンバートして販売したのがフェラーリにおける市販車ビジネスのはじまりで、その後に「市販車専用モデル」を発売してロードカーのラインナップを拡大することになるものの、今に至るまで「本業はレースで、市販車はレースを行うための資金を稼ぐために売っている」という姿勢は不変です。

そして「レースで勝つこと」がフェラーリのブランド価値を高める方法だと認識しているので、レース以外には「いかなる広告も(費用を投じて)行わない」というのがフェラーリの考え方。

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一方のランボルギーニは、その創業者であるフェルッチョ・ランボルギーニが、「自分を軽んじた」エンツォ・フェラーリを見返すためにはじめた会社であり、かつフェラーリの乗り心地があまりに悪いので、「快適なGTカー」を作ることを標榜し、フェラーリとの差別化のためか「レースは行わない」というポリシーを(創業当初に)掲げています。

ちなみにフェルッチョ・ランボルギーニは「トラクター」「家電」事業をほかに手掛けていて、これらの宣伝を行うのに”スーパーカーはもってこい”だと考えており、スーパーカーをプロモーションの手段の一つだとも考えていたもよう。

実際のところ、フェルッチョ・ランボルギーニは「いかにお金がかかろうとも、スーパーカーは、同じコストを投じたほかのプロモーションに比較しても、リターンが大きい宣伝である」とコメントしており、最初からスーパーカーを「プロモーション手段、かつビジネスとして」捉えていたこともわかります。

つまりフェラーリのクルマは当初「=レーシングカー」であり、ランボルギーニのクルマは「快適なGT」だったということになりますね。

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ただしフェラーリは「スポンサー」を獲得するために変化した?

なお、フェラーリは上述の通り「モータースポーツ活動を行うための会社」ではありますが、そのために必要なのが「お金」。

これには想像を絶するお金が必要になり、お金を獲得するには先ずスポンサーの獲得が必要となりますが、最大のスポンサーとは、レーシングカーにそのロゴを記す企業というよりも「市販車を買ってくれる個人」だったのかもしれません。

事実、フェラーリは当時の最大市場であったアメリカ向けのシリーズをいくつか展開しており、つまりは「消費者がフェラーリに合わせる」というよりも「フェラーリが消費者に合わせる」という傾向がここで出てきたように思います(エンツォ・フェラーリは、市販車販売開始間もない頃、クルマに対してクレームを言う客に対しては「クルマは悪くない。悪いのはいつも扱い方がなってない人間の方である」という旨の発言を行っていたようだ)。

そしてやはり、当初は肯定的ではなかったV6エンジンの投入、ミドシップへの移行などエンツォ・フェラーリがはじめに描いた構想とは異なる方向へと様々な状況が変わってゆくことになりますが、その後さらにスポンサー(フェラーリユーザー)向けといった傾向が加速されたようにも感じられ、それはドライバビリティにも現れているのかもしれません(ドライバーを拒絶するのではなく、ドライバーを受け入れるようになった)。

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フェラーリのエンブレムが「馬」であることは有名ですが、ぼくはフェラーリの性質についてはまさに「馬」だと考えていて、これほど人馬一体感が感じられるクルマも他にない、と認識しています(もちろん、フェラーリのエンブレムは、フェラーリのクルマが馬たろうとして採用されたわけではないけれど)。

あくまでもイメージではありますが、フェラーリのクルマは、生き物のように「乗り手が次にどういった操作を行うのか」を理解していて、そしてドライバーが実際にその操作を行うと、ドライバーの意図した通りの挙動を示すように感じています。

フェラーリのほか、ドライバーが行った操作に対して忠実に反応し、入力通りの出力を行うクルマだと「ポルシェ」がありますが、おそらく「操作の前から、操作に対する準備ができている」クルマはフェラーリだけかもしれません(繰り返しになりますが、あくまでもイメージ。実際にそんなことは不可能だが、間違いなくフェラーリからはそういった印象を受ける)。

ランボルギーニもその思惑とは別に方向性が変化

そして一方のランボルギーニについて、こちらは最初から「快適なGTカー」であろうとしたことは述べたとおり。

実際のところ、最初に発売した350GT(1964年)は「後部座席を持つGT」で、その後継モデルである400GTもそれは同じ。

1966年発売のミウラは「ミドシップ2シーター」であったものの、その優雅なスタイルはそれまでのランボルギーニ(GT志向)とはかけはなれていないと考えてよく、しかし決定的にそれまでの路線と決別したのが「カウンタック(1974年)」。

ちなみに1971年の段階でランボルギーニ創業者であるフェルッチョ・ランボルギーニは株式の過半数を他者に譲っており、1974年にはすべての株式を譲渡してランボルギーニから身を引いていますが、自身が管理していた時代に発売したクルマを見てみると、ミウラを除けば350GT、400GT、イスレロ、エスパーダ、ハラマといった、いずれも2+2もしくは4シーター(350GTは3+1)であり、ここからもフェルッチョ・ランボルギーニのGT志向が伺えます。

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ただしそんなランボルギーニの運命を変えたのが1974年に発売されたカウンタックであり、これによってランボルギーニ=エクストリームなスーパーカー路線を突き進むことに。

さらにいうなれば、「イオタ」の存在、そしてそレに対する顧客の反応(一部で熱狂的に支持された)もランボルギーニの進む方向性を示しているのかもしれませんが、カウンタック登場以後は1973年に発売された「ウラッコ」からのち、(特殊な例であるLM002を除き)2018年のウルスまで「2人乗り」しか販売していないので、ランボルギーニは「カウンタック」を起点として、当初から現代に至るまで、その性質が大きく変わったとも言えそうです(フェルッチョ・ランボルギーニ以降の経営者が、カウンタックのイメージを反映させた運営を行った)。

そして実際に(近代の)ランボルギーニを運転した印象について、これもそのエンブレムが示すとおり、まさに「牛」。

しかも鈍重な牛ではなく、戦うためだけに生まれ、そして育てられた猛牛であり、人と対峙することだけがその存在意義である猛牛です(やはりランボルギーニのエンブレムも、そのクルマの性格をあらわして考案されたものではないけれど)。

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よって「ドライバーはそのクルマを御してナンボ」的な、言うことを聞かない闘牛を思い通りに操りねじ伏せるという感覚があり、ここは「ドライバーに従順な」フェラーリとは完全に異なる部分だと思います。

ただ、ランボルギーニは危険なクルマなどではなく、ドライバーの操作に対しては「瞬時に」反応し、むしろクルマのほうが「どうだ。この反応についてこれまい」とドライバーを挑発しているかのようでもあり、これはかなり刺激的な性格だとも考えています(ぼくはそういったところが大好きだ)。

つまるところ、フェラーリとランボルギーニ、両者の性格はそのエンブレムの通り

つまるところ、フェラーリ、ランボルギーニとも、様々な事情から、当初の思惑とは異なる方向へと進み現在にいたり、しかしいずれも高い評価を得ているということになりますが、なんとなく「フェラーリ、ランボルギーニのクルマの性質が、いつの間にか入れ替わっている」ように感じられるのも面白いところ。

フェラーリは「レーシングカー」からはじまったものの、現在では非常に扱いやすいドライバーズカーへと変貌を遂げていて、一方のランボルギーニは「GTカー」から始まったという過去を持ち、しかし今ではエキゾチックなルックスと性質を持つスーパーカーとして生息しているわけですね。

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名は体を表すとはよく言ったもので、とにかく両者の現代における印象はそのエンブレムどおりだとも感じており、フェラーリは乗り手の意思を100%以上に体現してみせるサラブレッド、そしてランボルギーニは隙あらば(無慈悲に)対峙する相手を屠り去ろうとする闘牛であって、同じイタリアのスーパーカーといえど、ここまで違うものか、というのがぼくの捉える両者の印象です。

なお、スペック、パフォーマンス的にはフェラーリ、ランボルギーニともに同じようなレベルにありますが、その達成手段が「全く」異なるのも不思議なところ。

ただ、こういった性質の違いは良し悪しの問題ではなく、人の好みによって判断が分かれることになり、そのためそれぞれのブランドに、それぞれの支持者がいるわけですね。

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  • この記事を書いた人

JUN

人生において戻せないもの、それは4つ。「失われた機会、過ぎ去った時間、放たれた矢、口から出た言葉」。とにかくチャレンジ、しかし紳士的にありたいと思います。

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