| ビル・ゲイツはアメリカの自動車エンスージアストのためにひとつの道筋をつけた人物だと言っていい |
その割にビル・ゲイツのコレクションが広く知られていないのは「ナゾ」である
さて、アメリカはクルマの規制に関してはユルいようでいて厳しいところもあり、かつては「ヘッドライトに樹脂カバーを使用するのはNG」だとしたり、現在でも「5マイルバンパー必須」「ドアカメラはNG」といったものが存在するもよう(ドアミラーがついているかどうかを気にしていないようにすら思えるが)。
よって、米国に輸入されるクルマには改変を加えねば輸入できないもの、あるいはマクラーレン・スピードテール、ゴードン・マレー・オートモーティブ T.50 (これらはセンターシート構造がNG)、フェラーリ・モンツァ SP1 / SP2アストン マーティンV12 スピードスター(これらはフロントスクリーンがないことがNG)、ブガッティ・ディーボ、デ トマソP72、ロータス エヴァイヤのように「通常の用途のクルマとしては登録できない」クルマすら存在します。
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ただしそこには「抜け道」も
しかしながら、そういったクルマでも実際に北米へと輸入され公道を走っていることが知られていますが、それはなぜか?
これはいわゆる「ショー・オア・ディスプレイ(SoD)規則」という抜け道があるためで、「このクルマはショー、もしくはそれに類した展示に使用するものである」と証明することで、上述のような「通常の用途のクルマとしては登録できない」クルマであってもアメリカに輸入し合法に登録できる(ただし年間走行距離を制限されるなどの制約はある)といったもの。
そしてショー・オア・ディスプレイ規則が適用される条件とは以下の通りですが、これについても「対象外」となる例があり、たとえばフェラーリ・モンツァSP1/SP2の生産台数は500台以下ではあるものの、「この車両は技術的および/または歴史的に非常に重要である」と示すことでショー・オア・ディスプレイ規則が適用されているようですね。
ショー・オア・ディスプレイ規則適用条件
- 同じメーカー、モデル、年式の車両が米国で製造および販売認定されたていない
- 同じメーカー、モデル、年式の車両が(米国運輸省の定める規則である)49 CFR Part 593に従って輸入適格であると判断されていない
- 車両が現在生産されていない
- 車両が500台以上生産されていない
- キットカー、レプリカ、特殊工事車両等ではない
ポルシェ959はアメリカには正式に輸入できないクルマだった
そこでなぜこのショー・オア・ディスプレイ規則ができたのかについて触れてみると、そのきっかけはなんとポルシェ959。
ポルシェ959はポルシェ シュタイアー クプルング (PSK) AWDを採用し、カーボンケブラー製ボディパネル、シーケンシャルツインターボを備える「空冷と水冷がミックスされた」2.85リッター・フラット6エンジン、その他諸々の革新的な機構を備えるという、”ポルシェの持つ、そして未来を予見させる技術を注ぎ込んだ”クルマであり、その開発は困難を極めたといわれる「元祖ハイパーカー」。
0−100km/h加速3.6秒、最高速度300km/hオーバーという1980年代としては衝撃的な性能を携えてデビューし(ライバルはフェラーリF40くらいしか存在しなかった)、その価格もまた驚愕の42万ドイツマルク(当時の為替レートでは3500万円くらいではあるが、インフレ率を考慮すると1億円くらいなんじゃないかと言われている)。
生産台数は292台、そのうち29台のみが高性能の「S」バージョンであり、現在の相場は「2億円弱(けっこうバラツキがある)」といったところですが、もっとも(アメリカ人にとって)衝撃的であったのは当時ポルシェ959がアメリカに正規輸入されなかったことかもしれません。
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なぜポルシェは959をアメリカに輸入しなかったのか?
ポルシェにとってアメリカは当時最大の市場であったものの、そのアメリカに対し、ポルシェが959を導入しなかったのは(通説では)「割に合わないから」だとされています。
アメリカでクルマを正式に発売しようとなると米国の衝突安全基準をクリアする必要があり、それには最低でも4台のクルマを(様々な試験のため)潰さねばならず、ただでさえ「売れば売るほど赤字(1台あたり3000万円くらいのマイナスが出るとされる)」とされた959を4台も失うことはできないという判断がポルシェによってなされたというものですね。
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ただし、ポルシェのスペシャリストでもあり、959をアメリカに「ショー・オア・ディスプレイ規則に適合させて」輸入し、さらにレストアを行っていることで知られるブルース・カネパ氏によれば「その通説はちょっと違う」。
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同氏によると、アメリカで販売されるクルマの数は膨大であり、実際にはそれらすべてのクラッシュテストを実施しているわけではなく、20%くらいは検査を行わずにメーカーの示す資料をもとに「安全である」と判断し正規輸入を許可しているのだそう。
そして当時アメリカ政府はポルシェ959のテストを行う予定がなかったものの、正規輸入が承認される前にアル・ホルバート社が「レースカー」として販売するためにポルシェ959を30台アメリカに輸入しており、しかし(関税の)検査官がそれを見たとき、とてもレースカーとは言い難い豪華な仕様を持っていて、これによってアル・ホルバート社が虚偽の申請を行ったと判断され、同時にポルシェ959も目をつけられてしまい、「実際にクラッシュテストを通過しなければ販売させない」といった判断が下されたのだそう。
ただ、ポルシェはそこからクラッシュテストをパスさせるための行動を取っていないので、そのためのコストを惜しんだという話も間違いはないのかもしれません。
そこでビル・ゲイツがポルシェ959を正式にアメリカへと輸入させるために動く
そこで登場するのがマイクロソフトの共同創設者ビル・ゲイツ。
ビル・ゲイツはポルシェ愛好家としても知られており(ポルシェ930ターボに乗って当時起業したてのスティーブ・ジョブズに会いに行った話は有名である)、ビル・ゲイツが(おそらくはアル・ホルバート社が輸入しようとした)ポルシェ959を税関に差し押さえられた際に行動を起こし、まずはブルース・カネパと共同して「(レーシングファクトリーである)カネパをRUFのような自動車メーカーだと認めさせ、ポルシェ959をカネパのクルマとして正式に輸入すること」。
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ただしこのプランは失敗に終わってしまい、次に考えたのは「特別法案を可決させること」。
このためにビル・ゲイツはワシントンD.C.の敏腕弁護士ウォーレン・ディーン氏を雇い、同弁護士とともに「EPA(アメリカ合衆国環境保護庁)、NHTSA(米国運輸省道路交通安全局)、そしてすべての主要自動車メーカーを訪れて」、様々な協議を重ねた上で「生産台数が 500 台以下のクルマ、現在生産されていないクルマ、米国で合法であったことがないクルマ、希少車につき、衝突安全性基準を通過することなく輸入できるという法案」のベースを作ります。
そしてこのたたき台をもって、もちろん幾多の失敗を重ねながらも1998年(ポルシェ959の発売から2年が経過している)に上院交通法案に添付され、その後クリントン大統領によって正式に署名され、さらに2年後にようやく「ショー・オア・ディスプレイ規則」として制定され、ここではじめてポルシェ959が(年間走行距離の制限付きで)正式にアメリカでも登録できるようになり、上述のようなマクラーレン・スピードテール、フェラーリ・モンツァ SP1 / SP2といったハイパーカーが米国の路上を走ることができる礎を作ることに成功したわけですね。
ただ、こういった数々の努力を行っている間に米国の排ガス規制が変更されてしまい、1986年発売のポルシェ959はこれに適合できなかったそうですが、ここでカネパが登場し「改良を加えることで」これをクリアできるようにしています。※改良まで含めると、ポルシェ959が正式にアメリカで認められるまでには10年を要している。ただしこの法案がなければ、25年ルール適用の2012年までポルシェ959が米国に入ることはなかった
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つまり、現在多くの少量生産ハイパーカーのうち米国の基準を満たしていないクルマ(それらはけして少なくない)が米国へと輸入され正式に登録できるのはビル・ゲイツのおかげであり、そしてそのきっかけはポルシェ959であったということになり、それによってポルシェ959の認知度が大きく向上し、かつ取引が活発に行われるようになったために相場も上昇していて、結果としてポルシェは様々な恩恵を受けていることも間違いなく、ポルシェはビル・ゲイツに「大恩がある」と考えていいのかもしれません。
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参照:CARBUZZ