
| 「時間」として明日は誰にでも等しく訪れるが |
それを活かすことができるかどうかは「その人次第」である
さて、ここ最近は世界的に不安定な状況が続いているという状況ですが、こういった先行き不透明なときにぼくがいつも思うのが「明日は、誰にでも平等に訪れるものではない。それに備えたものにのみに訪れる」ということ。
同様の表現は過去の偉人たちが語っていますが、そのルーツはフランスの科学者であるルイ・パスツール(Louis Pasteur)の言葉にあるとする説が有力です。
“Chance favors the prepared mind.”
(幸運は準備された心に味方する)

準備なく迎えた「明日」は無為に過ごす時間である
たしかに「明日」という「時間」は誰にでも同じように訪れるのですが、その明日をちゃんと活かせるかどうかは自分次第。
明日起こることを予想し、その準備ができているのか。
明日自分がやろうとしていることに対し、最大限の効果をあげることができるよう準備ができているのか。
明日予想外のことが起こったとしても、それに対処できるだけの準備ができているのか。
こういった準備ができているかによって、迎えた明日を有意義に過ごせるかどうかが大きく変わり、その意味では「時間としての”明日”は誰にとっても同じだが、質としての明日は誰にとっても同じものではない」のかも。
さらに言うならば、準備なくして迎えた””明日”はある意味で「無為に過ごした時間」だと考えることができるのかもしれません。

今の自分は「過去の自分が選択した結果」である
そしてもうひとつぼくが思うのは「今の自分は過去の自分の選択の結果である」ということ。
つまり、過去の自分が「何かをした / 選択した」、あるいは「何かをしなかった / 選択しなかった」結果として今の自分があり、それが現在の「幸福な環境」あるいは「困難な環境」に自分を置いている、というわけですね。
これについては、イギリスの哲学作家、ジェームズ・アレンが語った「原因と結果の法則(人の現在の境遇は、過去の思考と行動の結果である)」によって示されており、ナポレオン・ヒル(成功・失敗は自己の習慣や努力の積み重ねによる)、アレクサンダー・グラハム・ベル(準備していなければ機会は逃げる)も同様の言葉を残しています。

無為に生きて公開する人生だけは送りたくない
何がいいたいかというと、何もせずにチャンスを逃したり失敗を呼び込むようなことはしたくないということで、そういった結果を招くくならいなら「何かをして失敗したほうがまだマシ」。
これはよくいう「やらずに後悔するよりは、やって後悔したほうがまだいい」ということになりますが、さらにやりたくないのは「失った機会に対して言い訳をすること」。
(いい大学に行った人を見て)「自分だって勉強すればいい大学に行けた」
(投資で成功した人を見て)「自分にもチャンスはあったが、あえてやらなかった」
(ポルシェに乗っている人を見て)「自分もそれくらいは買えるが、ポルシェは不便ですぐ壊れるから」
こういった言い訳というか負け惜しみを口にする人が世間には多く見られますが、ぼくはそういった人間にはなりたくない、と考えています(もともとそういったタイプではないけれど)。

自分より優れている人、自分よりも多くを成し遂げ、多くを持っている人を見たならば、単純にぼくは「スゲーなオイ」と尊敬し、そういった人々に肩を並べることができるよう、しかし競争相手として意識するのではなく「自分にできること」を冷静に分析し、自分なりのやり方で、自分なりの満足なり達成感を追求するというのがぼくの生き方であるとも捉えています(基本的に他人と自分を比較することはない。他人は他人であって、ぼくは他人になることはできない)。
そして自分の人生をよりよくしようとするならば、必ずやってくる「明日」に対する備えが重要で、備えなくしては本当の意味での「明日」はやってこないというわけですね。
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