■駄文(日々考えること)■

意外かもしれないがボクは買ったモノの値下がりは気にしない。すべてはサンクコストであり、それよりも重要なのは「自分が本当に満足できるか」「これからどうするか」

フェラーリ ローマ

| いちいち買ったモノの値下がりを気にしていては好きなモノを買えず、好きなモノを買うタイミングを逸してしまうのは人生の損失である |

重要なのは自分がそのモノに価値を見いだせるか、自分を高めてくれるかどうかである

さて、先日は「フェラーリを2台売却した際の損失」について触れましたが、実のところぼくはこういった損失について実際には気にしておらず、というのも「モノは買っても売っても損をする」と考えているから。

よってモノを購入する際には、そのモノによる「売却益」を期待しておらず、「売却によっていくばくかの元が取れればいいか」程度に考えています。

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たとえその価値がどれだけ下がろうとも「欲しいモノを買う」

そしてぼくがもっとも重視するのは「儲かるかどうか」「損したかどうか」ではなく、そのモノによって「ぼく自身の心がどれだけ豊かになるか」。

言い換えればどれだけ満足感を与えてくれるかどうかということになりますが、その「満足」とは単純に自分自身が納得できるかどうかというもので、たとえば「他の人に対して威張れる」といった要素はゼロ。

そのため、どれだけ高価であろうとも「欲しいと思ったモノは手に入れる」ようにしていて、その選択には妥協しないようにしています。

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結局のところ、妥協したとしても「本当に欲しかったもの」を求める気持ちを収めることはできず、代替としての「妥協して手に入れたモノ」では全く心が豊かにならないどころか「心が貧しくなることさえある」とも考えているわけですね。

そしてもちろん本当に欲しいものを常に手に入れることができるとは限らないのですが、その場合は「なんとかそれを手に入れようとする」ことで自分自身をより高い位置へど押し上げるようにしており、とにかくぼくにとって最も受け入れがたいのが「妥協」。

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実際のところ、「損するかどうか」だけを考えるならばスーパーカーなんぞに手は出せず、そしていくつかの腕時計ブランドについても同様です。

それでもぼくがスーパーカーを購入したり、「明らかに値下がりする(それどころか価値がゼロになるかもしれない)」とわかっている腕時計に手を出すのは自分が得るであろう満足感を重視するためで「損得勘定は考慮していない」ということに。

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自分が下した決断には責任を持たなければならない

そしてここで重要なのは「自分が下した決断に責任を持つ」ということ。

いったん「買う」と決めて購入したからには、その価値が上がろうが下がろうがゼロになろうが自分で責任を持つ以外にはなく(誰のせいにもできない)、これは「自己満足の代償」あるいは「サンクコスト」として捉えなければなりません。

このサンクコストとは日本語だと「埋没費用」だと訳されますが、すでに投下した資本であり「もう戻ってこないコスト」を指しています。

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そして「もう戻ってこないコスト」のことをウダウダ考えて適切な判断ができないといった状況(サンクコスト効果=Sunk Cost Fallacy) に陥るべきではなく、サンクコストとは「もう戻らない過去の支出であり、未来の判断材料にすべきではない」わけですね。

つまるところ、「考えても仕方がない」「自分でコントロールできない」ことは考えるだけムダであり、それよりも「今を楽しむ」あるいは「これから先どうするかを考える」ほうが健康的かつ建設的。

たとえば、すでに購入したフェラーリについてのサンクコストに関する考え方は以下の通り。

例:「高く買ったから売れない」

「このフェラーリ、4,000万円で買ったから2,800万円で売るのは損だ」

実はこれは誤りで、「4,000万円はサンクコスト」と捉えるべき。

よって(ぼくにとっての)正しい考え方はこうなっています。

  • 今売れば2,800万円が手元に残る
  • 乗り続けた場合、以下のリスクがある
    • 追加の維持費
    • さらなる価値下落
    • この状態で「満足」して乗ることができるのか
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「未来のサンクコスト」も考慮せねばならない

さらに言うならば「未来のサンクコスト」を考えて行動を起こせないということも「人生の損失」であるとも考えていて、「値下がりするから買わない」「買うタイミングを探している」といった状況もまた精神衛生上よろしくはなく、本来享受できるはずの楽しみを自ら自ら放棄しているのだとも考えられます。

そしてぼくは「自分ではどうにもできないことばかりに頭を悩ませて購入に踏み切れない」よりは「まず買ってみる」べきであるとも考えていて、「とにかく行動に移す」ことをヨシとしているわけですね。

そういった意味において、ぼくは「ギャンブラー」であると考えてよく、そして多くのギャンブラーがそうであるように「賭けたお金」についてはあまり考えないということになりそうです(ただ、お金を賭けるには最善の策を講じるけれど)。

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フェラーリ
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