■駄文(日々考えること)■

ボクはフェラーリの購入と売却によって大金を失ったが、「それでも安いもんだ」と考える。フェラーリを購入しなければ知ることができなかった人に会い、できなかった体験もできたから

ボクはフェラーリの購入と売却によって大金を失ったが、「それでも安いもんだ」と考える。フェラーリを購入しなければ知ることができなかった人に会い、できなかった体験もできたから

| 死ぬときになっても、ぼくはフェラーリを購入したことをけして後悔しないだろう |

重要なのはお金の損得ではなく「どれだけ心が豊かになり充足したか」である

さて、これまでの様々なクルマの売買において、「けっこうな金額を失った」とお伝えしましたが、その中でもっとも大きな金額を(率ではなく)失ったのがフェラーリです。

ただ、ぼくはこれについて「失敗した」とは考えておらず、むしろ「購入によって得たもののほうが大きかった」とも考えています。

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スーパーカーの通信簿:フェラーリ・ポルトフィーノの納車から売却まで。1年乗って損失686万円、1月あたり57万円を失った計算に
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そしてそもそも、ぼくはなにかモノを購入する時、(投資でない限りは)そのモノの購入金額を「忘れる」ようにし、つまりは「モノを買うときは、そのぶんのお金を捨てるのと同じ」とも考えているわけですね。

そして「捨ててもいい」と判断できるモノに対し、それにふさわしいと考える金額のみを投じるようにしています。

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だからこそボクはお金を使うのに慎重である

ぼくは「モノを買う=その代金を捨てる」と考えている以上、そしてお金が有限である以上、モノを購入することに対しては非常に慎重です。

簡単に言えば、「そのモノや体験が、ぼくの考える金額に見合うのであればいくらでも費用を投じるが、見合わないのであれば絶対にお金を出そうとは考えず、タダでもいらないものは受け取らない」。※ぼくはレジ袋を必要としないのでレジ袋にお金を払いたくない。もしエコバッグを持参し忘れてレジ袋を購入せねばならなくなったりすると数円であっても死ぬほど悔しい

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つまるところ、「心が豊かにならない買い物はしない」ということで、そしてぼくにとっては「心が豊かになる」ということが非常に重要、というわけですね。

逆に、「支払えるだけの能力があるのに、ケチってそのモノや体験を購入しない」ということもしたくはなく、それはみすみす目の前にある宝物を見過ごしているようなものだから。

そういった意味では、「慎重かつ大胆に」というのがぼくのお金の使い方に対するスタンスなのかもしれません。

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「100円」は意外と重い

ぼくは「普通の」公務員を父に持つ家庭に育ったので平均的な金銭感覚を備えていると認識していますが、特にお金の価値を意識するようになったのは小学校低学年の頃。

そのときぼくはアイスが欲しくて父親にアイスをねだり、アイスの値段が100円だったので「100円くらいいいじゃないか」と言ったと記憶していて、父親はそれに対して何も言わず、ぼくをの前に立って歩き出したたわけですね。

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そしてずいぶん長い距離と時間をかけて父とぼくは歩き続け、疲れ果てて日が暮れようという頃(なぜぼくが文句も言わずに父について歩いていたのかは憶えていない)、父がぼくに向かって「いいか、今日歩いた距離がバスに乗ると100円ぶんの距離だ。これでも”100円くらい”と言えるのか」とぼくに問うたことが「思い出されます。

今思い返しても、父はぼくを大声で怒ったり叩いたりしたことはなく、なにかあるとそうやって「ぼくにもわかるように」色々なことを体験させながら教えてくれた誠実な人物であり(そのあとちゃんとアイスを買ってくれた)、そのおかげで今でもぼくは「100円」の重みをじゅうぶんに理解しているつもりです。

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フェラーリを通してでしかできない体験、見ることができないものがある

そんなぼくも今ではフェラーリを複数台購入するに至ったわけですが、これについても同様に「無駄遣い」ではないと考えています。

その理由としてはざっと以下の通りで、フェラーリ(ここでは「スーパーカー」に置き換えてもいい)を買わなければ「体験できずに、あるいはそんな世界があることを知らずに人生を終えていたかもしれないから」。

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  • スーパーカーを購入することで、(それを買わなければ)接点ができないような人と知り合うことができた
  • スーパーカーを購入することで、それまでに「存在することすら知らないような」世界をに触れることができた
  • それまで接点がなかった人と接したり、知らなかった世界に触れることで見識を広げることができた
  • そういった人、世界に対して「見合う」ように自分を(少なからず)成長させることができた
  • ほとんどのことに対して自信が持てるようになり、寛容になった
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この他にも挙げるときりがないほどの「スーパーカーを買って良かったこと」があり、もしもスーパーカーを購入していなければ、ぼくはソファに寝っ転がって1日中スマホゲームとYouTubeに興じ、時間を浪費して一生を終えていたかもしれません。

つまるところ、スーパーカーを購入したことで人生が随分と豊かになったとも認識していて、これはスティーブ・ジョブズが言った「作った会社が潰れるかもしれないが、それよりも”自分は会社を作った”といえることのほうが重要だ」という言葉に近いものがあり、リスクに踏み込まなければ得られなかった人生だろうとも考えています。

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もちろんその代償としての金額は小さなものではなく、今まで相当な金額を失いながらもぼくは全く後悔しておらず、むしろ「その代償に対して得られたものが大きかった」というのが偽らざる印象です。

よって、仮に(今の記憶を持ったまま)過去に戻って同じような人生を歩むことになったとして、「お金を失うことがわかっていたとしても」同じようにスーパーカーを買うだろうとも考えていますが、これからもさらに何台かスーパーカーを購入することでその代償を支払い続けることになるだろう(そしてその代償を超える心の充足を手に入れることになるだろう)とも予想しています。

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そしてこの代償は映画「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」にてハンが(モナ・リザ=S15シルビア)を廃車レベルに破壊されてしまった際に言った「That’s a price I can live with.、「それでも、(知ることができた事実に比べれば)安いもんだ」というセリフに集約されるとも考えています。

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