| 短期的に見ると「がっかり」材料ではあるが、この状況で過剰な投資を抑えるのは中長期的に見ると賢明な判断であると考える |
こういったスピード感のある経営も「テスラならでは」
さて、テスラは少し前に「販売回復の起爆剤」だと目されていた廉価版EV、通称モデル2の開発を中止したと報じられ、これによって投資家を大きく失望させています。
ただ、イーロン・マスクCEOはこれを否定しており、しかしその歯切れはあまり良くはなく、その理由は「モデル2の開発は中断されたが、廉価版EVの開発が別途続行している」ため。
つまり廉価版EVであるモデル2開発の中止は正しくもあり、またそうではないとも言えますが、現在の状況は「モデル2の開発段階で培った技術を既存ラインアップ(モデル3やモデルY)に反映させ、それによって販売価格を引き下げて競争力を確保する」というところかと思われます。
これによって、モデル2ほど価格は安くはならないものの、モデル2の発売よりも早いタイミングにて安価なEVを市場へと投入することが可能となり、既存ラインアップが競争力を失いズルズルと販売台数が下がってゆくよりは「ずっとマシ」となるわけですね。
テスラは新しいギガキャスト計画を棚上げ
なお、モデル2で予定されていた「25,000ドル」という驚異的な価格を実現するための要は「新しいギガキャスト技術」。
テスラは自動車業界ではまっさきにギガキャストを取り入れたメーカーのひとつであり、これは「従来だと、数十個に小分けして製造し、それらを後に溶接などして大きな部品に仕上げていた」工程を省略し、「一度の鋳造にてひとつの大きなパーツを作り上げる」というもの。
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これによって工程が省略できるばかりか作業スペースも飛躍的に節約できるようになり、生産コストが大きく下がると言われています。
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実際のところ、テスラはこれをモデルYやサイバートラックに取り入れて製造原価の引き下げに成功していますが、次のコスト削減のステップとして、「更に大きなパーツ」、具体的に言えばフロア(アンダーボディ)をギガキャストにて一発成形しようとしていたわけですね。
テスラの車両はこの技術によってコストを大きく削減できる「はずだった」が
ただ、これはもちろん容易なことではなく(均一性や強度の担保が難しい)、この実現のために様々な試行錯誤を繰り返しているとも報じられていたのが少し前の状態ですが、今回ロイターが報じた内容だと「アンダーボディをギガキャストにて製造するという、テスラ史上もっとも野心的なプロジェクトから撤退した」。
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上述の通り、この新しいギガキャストはモデル2の低価格を実現し、ひいてはロボタクシーの車両価格を引き下げることが可能になると見られていたほか、モデル2計画がなくなったとしてもこの技術がモデル3やモデルYに反映されることで既存モデルを安価に製造することが可能になると考えられており、よって今回の「新しいギガキャスト撤退」報道は「FSDの中国導入」によって大きく盛り上がった投資家に冷水を浴びせることになるのかもしれません。
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ロイターによれば「(匿名の情報提供者の弁として)この決定は、同社が売上低迷に対応して短期支出を削減することを目指していた昨年秋に行われた」とのことで、テスラはかなり早い段階で売上がこの先”減ってゆく”であろうことを認識していたとも考えられますが、テスラはこの先行きが読めない状況の中で「高額な大型プレス機の価格とエンジニアリングコスト」に投資したとしても、その費用を回収できないと判断したのだと思われます。
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参考までに、サイバートラックという「大きなギャンブル」はテスラの販売台数が大きく伸び、黒字化した時期に企画されていますが、結果的にはその開発に困難を極め、発売にまでには4年を要し、(おそらくは多額の開発コストを振り返って)イーロン・マスクCEOは「墓穴を掘った」という自虐コメントを行ったことも。
そういった経験もあり、今後EV市場がどうなるかわからない状況において、「いつ発売できるかもわからない」モデル2の開発を中止したこと、そのコア技術である新型ギガキャストに対する支出を打ち切ったことにつき、短期的に見るとマイナスかもしれませんが、中長期的に見ると「プラスであった」と評価される可能性があるんじゃないかともぼくは考えていて、後世になるとサイバートラックという「危険な賭け」が失敗だと見なされ、今回の「安全な賭け」が支持されることになるのかもしれません。
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