
| 結局のところ、自分の人生に責任を取らねばならないのは自分だけである |
誰かが自分を助けてくれるわけではなく、会社も当然自分を助けてくれるわけではない
さて、創業した会社の持株を売り払って自由のみになって数ヶ月経ったのでボチボチと思うところなどを述べてみたいと考えていますが、まず今回は「会社勤めが必ずしも人生における正解ではない」ということ。
ここ最近のインフレによって「物価は上がれど給与は上がらず」、そしてアメリカをはじめとして「ブルーカーラーミリオネア」が誕生する状況においていろいろと認識を改めさせられている人も多いものと思われ、正直なところ、いまぼくが考えるのが「会社勤めがこれほどまでにリスクが大きくなった時代はない」。
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今日でついに会社を退任、以降は無職。ボクの「最後の挨拶」を記録として残してみた
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この記事の要約
- 多くの人が退職した後には「抜け殻」になる
- 現代では起業のハードルがかつて無いほど上がっているが、見方を変えれば成功の可能性もかつてないほど満ち溢れている
- 自分の道は自分で考え、切り開くしか無い
会社を辞めるとほとんど何も残らないが、自分で何かにチャレンジすれば「何かが残る」
まずぼくが思うのは、会社勤めというのはあまりにも「世間から隔絶され、かごの中の鳥になってしまう」環境だということ。
大きな組織になればなるほど自分でできることが少なくなり(やりたいことができなくなり)、その一方では外敵から自分を守ってくれるというありがたい状況でもあるため、ある意味では「努力しなくなってしまう(努力する意味を見いだせなくなってしまう)」環境ではないかとも考えています。
そして自分の能力をうまく使ってくれるとは限らず、そして評価においても適切になされるとは言い切れず、モチベーション的にもあまりいいとは言えないかもしれません(これは逆にそのまま、企業側にとっての問題点でもある)。

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ボクはこの7-8年、会社に「2枚のTシャツ、2着のパーカー、2本のスウエットパンツ、1足のスニーカー」のみを着回して出社している。そうなった「ある出来事」とは
| ボクは自分で決め、自分に課したルールは「絶対に」破ることはない | 「こうと決めれば」ボクは何が何でもそれを守り通す傾向にある さて、ぼくは今月末をもって退任し、その後は無職となるわけですが、こ ...
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一方、自分でなんらかのビジネスをはじめるということは非常に大きなリスクを伴うのですが、その反面「やりたいことは大抵のことができ」「自分の努力次第で成果を出せる」環境ということに。
両者の差は非常に大きく、会社勤めを続けて定年にて退職した後、その会社の「後ろ盾」「肩書」を失ってしまって「ただの人」になってしまったとき、その人に勝ちがあるかどうかを考えてみるとわかりやすいかもしれません。
その会社の名前があったからこそ対外的にできたこと。
その肩書があったからこそ会社の中でできたこと。
それらを突然失ってしまったときに「会社のありがたさ」を感じたとしても”もう遅く”、そこからその人はもうどこにも行けず、過去の栄光にすがるしか無いんじゃないかと思うわけですね。
一方、(地位や肩書に頼らず)自分で何かにチャレンジして何かを成し遂げた人というのは、その経験が蓄積されていて、そこからまた新しく何かをはじめることもできるかと思いますし、何より「自身と意欲」に溢れているのかもしれません。

ある意味、「地位や肩書」はその人の性格を変えてしまい、そして可能性すら奪ってしまう存在ではないかとも考えていて、これはデビッド・ボウイが歌った「Fame」に象徴されるようにも思えます。
そういったこともあり、ぼくは常々「地位や肩書」には固執せず、むしろそれらを表に出さず、「実力のみ」で勝負するようにしてきたという経緯があるわけですね。
なお、こういった会社勤めの危うさは「定年まで」勤め上げたときにのみ問題となるわけではなく、今の世の中、いつどこで「会社から放り出されるか」もわからず、そうでなくとも「所得が上がらないままに時間だけが過ぎてゆく(将来の可能性が食いつぶされてゆく)」という危険性もはらんでいる、とも考えています。
起業のハードルが大きく下がった
そして現在のビジネス環境について思うのは「起業のハードルが大きく下がった」ということ。
逆に(ステレオタイプな考えしか持たない人にとっては)ハードルが上がった面もあり、たとえばちょっと前だと「早期退職して蕎麦屋とかラーメン屋とかカフェをはじめる」という定番の独立手段が難しくなったこと。
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ボクらはいま、どうしようもない閉塞感と先行き不安な世の中に生きている。起業のハードルがかつて無いほどに高くなってしまった現代の闇
Life in the FAST LANE. | 「一昔前の起業の方法」はもはや現代では非常にリスクが大きい | そして失敗したときのダメージも甚大である さて、最近の「物価の高騰(インフレ)」に関し ...
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その理由は地価の高騰、人件費の高騰といった「主にコスト面」であり、開業資金が「一昔前とは比較にならないほど高くなった」という事実に尽きるかと思います。

それでもぼくは起業のハードルにつき現代では(能力があるものにとっては)著しく下がったとも考えていて、たとえば上述の飲食店だと、「一等地に出店しなくとも」地価の安い郊外をあえて選び、そして様々なレビューサイト、インフルエンサーの活用によって客を呼ぶという手段も考えられ、つまりかつてのような「物理的な商圏」という考え方によらない手法が可能になっているから。
そして(SNSなど)様々な手段をもって「他との違い」「こだわり」をアピールすることも可能となっていて、つまり「待ち」ではなく「攻め」がこれほどまでに有効に機能する時代はこれまでになかっただろう、とも考えているわけですね。
起業のために会社を選ぶのもアリである
そう考えるならば、将来的な起業を視野にいれて「就職する会社を選ぶ」という考え方も十分に「アリ」で、たとえば電気工事やリフォームで独立したいと考えるならば、「それ系」の会社に就職してノウハウを学び、その後は独立して「一括見積もりサイトに登録して」ガシガシと仕事を受注してゆけば十分に(あるいはそれ以上に)稼げる道筋が見えてきます。
さらに「ものづくり」であってもクラウドファンディングの活用にて「資金と在庫」の問題をクリアしつつもビジネスをスタートさせることもでき(宣伝にも活用できる)、自分ができない範囲のことであっても人材をネット上でソーシングすることにより「委託」できるため、まったく顔を合わせたことがない人たちの集まりであっても「組織として機能する」ように。
こういった「世の中の変化」もあり、もしいま現在、ぼくがなにかビジネスを始めようとするならば、これまでとは全く異なる業界や手段を選ぶだろうとも考えているのですが、これは逆に「いままでのぼくの経験法則は”今”そしてこれからの世の中には通用しないだろうとも考えているからで、常にぼくは今までの経験にこだわらず、その時代に合わせた、最適な成功法則を採用したいとも考えています。
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