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【動画】その起源は6000年前まで遡る。「なぜ右ハンドル国と左ハンドル国ができたのか」

投稿日:2018/03/19 更新日:

| 実はけっこう深い理由があった |

いつも一風変わった視点から自動車に関する事象を考察するドーナツメディア(トヨタ86にフェラーリ458のエンジンを突っ込んだのもここ)より、「なぜ右ハンドルと左ハンドルがあるのか」という動画が公開。
日本や香港、オーストラリア、イギリスは「右ハンドル」、アメリカや英国を除く欧州の殆どは「左ハンドル」ですが、たしかにその由来についてはあまり知られていらず、なかなかに面白い内容となっています。

その起源は6000年前まで遡る

ドーナツメディアによると、右ハンドルと左ハンドルの起源は自動車が発明されるずっと前、6000年前のローマまで遡ることができる、とのこと。
これによれば当時の移動手段は当然ながら「馬」がメインで、そして馬に荷物を載せるには「(ほとんどの人は右利きなので)馬の左側から」積む(または乗る)ように。
その場合、向かいからまた別の馬がやってくると危ないので、馬を左に寄せて路肩から積むということをローマ帝国が決定し、それが広まったようですね(ローマは世界で最初に道路ネットワークを整備した)。

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なお、当時は刀など武器を持つのが一般的で、突然盗賊などから襲われることもあり、それを考えても(右利きの場合)左側を歩いたほうが抜刀しやすく、馬以外でもこの左側通行は論理的であったようです。

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この時点では左側通行つまり右ハンドル国と同じで、現在の欧州とは「逆」。
これがなぜ右側通行になったかというと、ナポレオンの勅令によって「すべからく右を通行すべし」ということなった、と動画では述べています。
よってその後ナポレオンが征服した土地は右側通行へと変更されたわけですね(イギリスはナポレオンによる征服を受けていない)。
なお、なぜナポレオンが「右側通行」としたのかは謎で、「ナポレオンが左利きだった説」「当時は刀よりも銃に武器が移行しつつあった説」などがあるものの、いずれも説得力に欠ける模様(ナポレオンコンプレックスによって何でも反対にしたかった、というのがもしかすると一番理解できる)。



その後欧州各国は船によって世界中へと侵略をはじめ、イギリスによって植民地化された国(インド、香港、オーストラリアなど)は左側通行、その他ヨーロッパの国によって植民地化された国は右側通行に。
なお日本が左側通行を採用するのは、当時鉄道建設を通じ深い関係にあったイギリスを参考にしたからともされますが、ローマ帝国時代の「抜刀(もしくは刀の鞘が触れ合わないように)」と同じく左側通行の習慣があったからという説もあるようです。

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その後時代は「馬車」へと移行することになり、そこでもう一つ出てくる「現代との相違点」が、「右側を通行する場所の御者は右側(つまり右ハンドル)に座っていた」ということ。
これについて理由は明確で、「右利き」ということを考えると(ムチを振るう関係上)御者は左に座るほうがいいのですが、そうなると路肩が確認できず脱輪の危険性があり、そこで馬車を脱輪させないように「右側に座った」のが「右ハンドル」の由来。
当時は道路も整備されておらず、夜だと該当もなく暗かったはずなので、これは至極当然の理由だとも考えられます。
なお、実際に馬車に取って代わった交通手段「自動車」において、アメリカで作られた最初の一台は右ハンドルであったようですね(1903年のフォード・モデルAも右ハンドル)。

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その後自動車の普及が進み道路が整備されると「脱輪しないこと」よりも「クルマとクルマとのすれ違い時に接触しない」ほうが重要になり、そのために「右側通行のクルマでは左ハンドル」が定着し今に至る、というのが動画の内容。

それでは動画を見てみよう

こちらがドーナツメディアによる「右ハンドル/左ハンドル」の由来を解説する動画、「Why Do We Drive On The Right? | WheelHouse | Donut Media」。

 

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