
| 人でもモノでも、新しい体験をさせてくれ、新しい選択肢や価値観を提示された場合にはじめて心が動く |
意外や「自分の本当に求めるもの」は「自分が思っているもの」ではないかもしれない
さて、いつも思うのが「あまりに優れたクルマは記憶に残らない」ということ。
一般に「出来の悪い子どもほど可愛い」とはいわれますが、ぼくは(自分自身では)あまりそういった考え方を持っていないと認識していて、そしてクルマにおいても「むしろ信頼性の低いクルマには乗りたくない(トラブル自慢をするような性格ではない)と考えているわけですね。
にもかかわらず、トラブルがまったくなく信頼性が高いクルマについてはあまり覚えていないことが多く、それについて考察してみたいと思います。
記憶に残っていないのはこんなクルマ
まず、記憶に残っていないのはアウディTT(8J)、トヨタ・クラウンスポーツ、ポルシェ・マカンS。
これらについては「非常に高く」評価しており、その理由は「カッコよく、プレミアム性が高く、燃費もよく、快適で、速く、安全だから」。
つまるところ「乗っていて」満足度が高く、どこへ乗っていったとしても「恥ずかしくない」クルマたちということになりますが、不思議なことにいま振り返ってみると「所有していた」という印象が希薄なクルマたちでもあります。

そしてこういったキャラクターを持つ車両は「本来」ぼくが求めるクルマであるはずなのですが、なぜか記憶にあまり残っていないということに(所有期間中には大変気に入って乗っており、なにひとつ不満がなかったことは覚えている)。
なお、ぼくはクルマに対して「信頼性」を高いプライオリティにて求めていて、それは「ポルシェは水冷になってから、ランボルギーニはアウディ傘下に入ってから、ミニはBMWに完全移行してから」購入していることでもわかるかと思います。

記憶に残るのはこういったクルマ
一方で強く記憶に残るのはホンダ・エレメント、日産パオ、ポルシェ・ボクスターS(986)、ランボルギーニ・ガヤルドLP560-4。
こうやって見ると記憶に残るクルマの属性はバラバラであり、となると記憶に残る要素は「パワー」「走り」ではないのかも。
そして「それほど印象は強くはないが、よく覚えている」クルマはアウディTT(8S)、レンジローバー・イヴォーク、ポルシェ718ケイマン(997世代の911カレラ、981ボクスターはあまり記憶に残っていない)、ランボルギーニ・ウラカン EVO RWD。

これらもやはりバラバラで、自分自身でも「どういった基準で記憶に残って、どういった理由で記憶に残らなかった」のかはいまひとつ理解できずにいるものの、なんとか解を導き出そうとするならば「運転する楽しさ」「新しい価値観を教えてくれた」クルマということになるのかも。
たとえばポルシェ・ボクスター(986)はぼくにとって「はじめてのポルシェ、はじめてのミドシップ」、ランボルギーニ・ガヤルドLP560-4は「はじめてのスーパーカー」。
日産パオは非力ながらも「車体重量730kg」というとんでもない軽さから意外とキビキビ動き、ホンダ・エレメントはぼくにとって最初のSUV(アイポイントが高い車)、かつ「観音開きドア」。

なお、ウラカンLP610-4があまり記憶に残らなかった割にウラカンEVO RWDをよく覚えているのは「前者がAWDで安定志向、後者が後輪駆動でドライバビリティに優れていた」からなのかもしれません。
そしてアウディTT(8J)の印象が薄いのに8S世代のTTの記憶が濃厚なのはやはり「運転する楽しさ」にあると考えられ、同じメーカーの、そして同じモデルであっても意外と”心に残る印象”が違うものだと改めて認識させられます。

結局、「記憶に残る」要素とは?
こうやって整理してみると、記憶に残るクルマは意外にも、ぼくがクルマに対して明確に求める「カッコよく、プレミアム性が高く、燃費もよく、快適で、速く、安全だから」というファクターよりも、「新しい世界を見せてくれた」「運転していて楽しい」クルマたちということになるのかも。
実際のところ、これはクルマだけではなく、衣類やバッグ、腕時計でも同様で、たとえば「すごく欲しくて、やっと手に入れた服や靴、バッグに腕時計」であっても、購入後は全く身に着けずしまったままになっていたり、逆に「ガシガシ身につける」という製品も。
このあたりもやはり「身につけてい楽しいかどうか」という要素が大きく絡んでいるものと思われ、「自分が本当に求めているものは、意外と自分が思うのと違うところにある」のかもしれません(こういった経験が積み重なり、ぼくらは直感的に「買う」「買わない」を判断するようになり、無駄な買い物が減ってゆくのであろう)。

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そしてこういった感じで「新しい世界を見せ、体験させてくれた人やモノ」に対して人は帰属意識を抱き、興味を持ったりそのブランドのファンになったりするのだと思われ(それがその人のカリスマ性を形成したり、モノであればブランド価値の構築につながる)、となると人やモノはやはり「見た目やスペック」だけではなく、もっと深いところにその本質的な価値が眠っており、また求められるのかもしれません。
実際のところ、どんなにイケメンや美女であっても「記憶に残らない」場合があり、しかしそれでも心に残るのは「新しい世界の扉を開き、招き入れてくれた人」なのかもしれませんね(ただ、美女の場合はそうでなくても記憶に残っているかもしれない)。
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