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スポーツカーの足回りにおける「メカニカルグリップ追求」の時代はもう終わった?現代のハイパフォーマンスカーを支配するソフトウエアの「見えざる手」

パープルのランボルギーニ テメラリオ(フロント)
Life in the FAST LANE.

| 日産GT-Rが仕掛けたソフトウェア革命の真実 |

スポーツカーのハンドリング性能を決するのはもはや「ソフトウエア」である

現代の高性能スポーツカーに乗ってコーナリングで限界に挑み、そして思い通りのラインを描いたとき、ぼくらは「素晴らしいサスペンションと高いボディ剛性、そして自分のドライビングテクニックのおかげで曲がれている」と信じがちです。

しかしそれは自動車メーカーの巧妙なソフトウェア制御によって見せられている「美しい幻影」である可能性が高、というのが今回のお話で、かつてスポーツカーのコーナリング性能を決めるのは精密なリンク機構を持つサスペンション、そして絶妙な減衰力を発揮するダンパーといった「機械的(メカニカル)な部分」であったのは御存知の通り。

しかし、その物理的な限界をテクノロジーの力で打ち破り、自動車の設計思想を根本から変えてしまったターニングポイントがあり、それが2007年に登場した日産「GT-R(R35型)」です。

日産GT-Rのカタログ
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GT-Rが世界に衝撃を与えた真の理由は、ツインクラッチや4WDシステムだけではなく、それまでどのメーカーも成し得なかった「ブレーキベクタリング(ブレーキによる姿勢制御)」という電子制御のによって車体の姿勢を完璧に調教し、ソフトウェアによって物理的な限界値(G)を文字通り引き上げることに成功したという事実。

なお、R35 GT-Rが登場した当時、ほとんどのスポーツカーメーカーはGT-Rがいくつかのサーキットで出したタイムを信じようとせず、というのも当時は「重量とパワー」との組み合わせによってその「限界」がほぼ決まっていたからで、しかしGT-Rはその限界をやすやすと突破したために「その記録を受け入れることが(とくにポルシェにとっては)難しかった」という現実があったわけですね。※GT-RはR32にせよR35にせよスポーツカー業界に革命をもたらした存在であり、よってR36もそういった存在でなければファンに認められないであろう

ここで現代のスポーツカーの走りを裏で支配する「見えざる手」の仕組みと、その技術がもたらした自動車の進化、そしてぼくらが失ったかもしれない「ピュアな走りの歓び」について、技術的な背景を交えて考えてみたいと思います。

この記事の要約(30秒チェック)

  • サスペンションの限界: 2010年代、機械的な足回り開発はシミュレーション技術の発展によりほぼ「理論上の限界」に到達。それ以上のブレイクスルーには別の手段が必要だった。
  • 日産GT-Rの超絶ソフトウェア: 2007年に登場したR35 GT-Rは、他車と異なる超高機能ABSコンピューター(ATE社製 MK61)を採用。ソフトウェアで走りを支配する新時代を切り開いた。
  • ブレーキで曲げる魔法: コーナリング中に内側セクションの車輪へミリ秒単位でわずかにブレーキをかけることで、アンダーステアを消し去り、旋回Gを「0.1g〜0.2g」も強制的に引き上げる。
  • 現代の全車種へ普及: このシステムは現在、ボッシュやコンチネンタルによってパッケージ化され、新型シビックType R(FL5)や最新のBMW M、アストンマーティン等の異次元の速さを支えている。
  • ドライバーは「乗らされている」?: 電子制御の進化はドライバーをヒーローにする反面、機械本来の限界を探る「生々しい接地感」や「ピュアな操縦の楽しさ」を希薄にしているという側面もある。
シビック・タイプR
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2007年:メカニカルの限界と、ゴジラがもたらしたソフトウェア革命

2007年という年は、iPhoneが誕生し、世界がデジタルへ大きく舵を切った年でしたが、自動車業界においては、「ゴジラ」こと日産GT-R(R35)がニュルブルクリンクで7分38秒という驚異的なラップタイムを叩き出し、世界のスーパーカー勢を震撼させた年でもあります。

当時、GT-Rのチーフ・ビークル・エンジニアであった水野和敏氏は、「重量は敵ではない。荷重(重さ)があるからこそタイヤにトラクションがかかり、グリップが生まれる」という、一見すると物理法則に逆らうような持論を展開しており、しかしその裏には、既存のFMプラットフォーム(フェアレディZ等と共通の骨格)をベースにしながらも、車体やサブフレームのねじり剛性を現代のハイパーカーに匹敵する「50,000 Nm / 度」以上にまで徹底的に強化するという完璧な計算があり、しかし剛性を高め、太いタイヤを履かせ、パワーを上げるだけではポルシェやフェラーリのような専用設計のRRあるいはミッドシップスポーツには勝つことは難しく、そこで水野氏率いるエンジニア集団が発動させたトランプの切り札(ジョーカー)こそが「アクティブ・ブレーキ・ベクタリング」。

日産R35 GT-R(2011年マイナーチェンジモデル)

Image:Nissan

企業秘密に隠された「ATE社製 MK61」の存在

当時、日産の他のモデルはすべてボッシュ(Bosch)製のABSシステムを採用していましたが、R35 GT-RだけはBMWのE92型M3など一部の欧州ハイパフォーマンスカーしか使っていなかったATE社製の最先端ABSシステム「MK61」(BMW仕様はMK60E5)を採用しており、日産の強固な企業機密のベールに包まれてはいたものの、これこそがGT-Rの速さの最大の秘密だったわけですね。

実際のところ、それまでのスタビリティコントロール(ESC)はクルマが滑りそうになったときにエンジン出力を絞り、ブレーキをかけて「クラッシュを未然に防ぐ安全装置」という性格に限定されたもの。

しかしGT-Rの「VDC(ビークルダイナミクスコントロール)」の「Rモード」は全く異なっていて、それは安全装置ではなく、「より速く曲がるための積極的な武器」として機能したことが「まったく違った」ということに。

どういうことかというと、オンボードの横Gセンサーやヨーレートセンサーがわずかでもアンダーステア(外側へ膨らむ挙動)を検知すると、システムはドライバーが気づかないレベルの超微細なブレーキ圧をコーナー内側の後輪にかけ、それでも足りなければ内側の前輪にも介入するというロジックを持っており、これによって車体に強制的な旋回力(ヨー)が発生し、まるで魔法のようにインコースへとノーズが吸い込まれてゆくというのがこのシステムの恩恵です。

ニュルブルクリンクを走る日産R35 GT-R

Image:Nissan

イタリアの専門的なエンジニアリングジャーナルによると、このブレーキベクトリングシステムによるコーナリング性能の向上は、横グリップ換算で「0.1gから0.2g」に及ぶとされていて、これは(小さい数字であるように見えますが)モータースポーツの世界では「タイヤのコンパウンドを公道用タイヤからレーシングスリックに変えた」ほどの劇的な変化(天文学的な差)であるとされ、結果として専用の超軽量カーボンモノコックや高価なサスペンション形式を使わずとも、量産型のヘビー級ボディでありながらも世界最速のコーナリングを実現してみせることに成功しています。

ブレーキベクタリングの特徴、システムの構造

1. メカニカル足回りとソフトウェア制御のスペック・アプローチ比較

クルマを曲げるためのアプローチとして、過去の名車たちが挑んだ「メカニカルな手法」、そしてGT-R以降の現代スポーツカーが駆使する「ソフトウェア(ブレーキベクトリング)の手法」の違いを表にまとめると以下の通り。

評価軸伝統的なメカニカル・アプローチ現代のソフトウェア(ブレーキ)・アプローチ
代表的な技術例・ポルシェ:マルチリンク式「ヴァイザッハ・アクスル」
・メルセデス・ベンツ:190Eの5リンクサスペンション
・日産:GT-R(ATE MK61 VDC)
・現代各社:ボッシュ / コンチネンタル製 6D-IMU 統合システム
旋回のメカニズム荷重移動やコーナリングフォースによるブッシュの変形を利用し、機械的にタイヤの向き(トー角)を最適化する。4輪独立のブレーキ圧をマイクロ秒単位で制御。内側輪に制動力をかけることで、車体をコマのように自転(ヨーイング)させる。
グリップの引き出し方タイヤの接地面の限界=物理的な100%が上限。ブレーキによる強制姿勢制御により、タイヤのグリップ効率を最適化し、コーナリングGを0.1〜0.2g上乗せする。
乗り心地との両立走りを固めると乗り心地が極端に悪化する。トレードオフの関係が非常に強い。街乗りではサスペンションを極めてしなやかに保ち、限界域の姿勢制御はすべて電子ブレーキ側で担保できる。
主な採用車種(現代)一の一部のピュアサーキット専用車、旧車BMW M各車、ホンダ・シビックType R(FK8/FL5)、アストンマーティン全車
アストンマーティンのホイール
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2. 一般化した「電子の武器」:シビックType Rからハイパーカーまで

2007年当時、日産やBMWの限られた天才エンジニアたちだけが膨大な時間をかけてセッティングしていたこのシステムは、現在では完全に「一般化」しています。※2014年の時点で「ハルデックス製4WDシステムとブレーキベクタリングが」組み合わせられ、ランボルギーニ・ウラカンに搭載されている

現在、ボッシュやコンチネンタルといったメガサプライヤーは、6次元の慣性計測装置(6D-IMU:前後・左右・上下のGと、ピッチ・ロール・ヨーの回転を瞬時に測るセンサー)と統合された、パッケージ化されたハンドリングプログラムを自動車メーカーに対して販売しており、メーカーはこれをもとに、自社好みの味付け(チューニング)を施すだけで、驚異的なハンドリングマシンを作ることができるようになったのがいま現在。

ニュルブルクリンクのFF最速を争うホンダ「シビックType R(FK8型および現行FL5型)」の異次元の旋回スピードも、ベースにあるのはボッシュ製の最新ハンドリングプログラムによる緻密なブレーキ制御であり、また現代のBMW Mモデルやアストンマーティンのニューモデルたちもまた、電子制御デフ(E-LSD)や後輪操舵(4WS)とこのブレーキベクタリングを連動させることでドライバーのスキルに関係なく、誰であってもスーパーカーの限界領域を味わえる「ヒーロー」に仕立てあげてくれるというわけですね。

ホンダ・シビック・タイプRのホイール
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なお、ニュルブルクリンクにて「前人未到の」タイムを叩き出したシャオミSU7 ウルトラもまたこのブレーキベクタリングを装備していると見られており(内輪にブレーキをかけながら加速するというEVのトルクを活用した走りを実現)、もはや「速く走る」ための必須条件は「メカニカルグリップではない」というのが今の時代だということに。

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ぼくらは本当に「自分で」運転しているのか?

この技術の進化はスポーツカーのパフォーマンスを間違いなく異次元へと引き上げており、しかし一部ジャーナリストはこの現状に対して、クルマを愛する人々へ向けた「ある重要な問い」を投げかけたことも。

「実際のところ、あなたはもうクルマを“運転”してはいないのではないか」

  • 「ナチュラル」と「インビジブル(超自然)」の境界線:ポルシェやアストンマーティン、メルセデスAMGといったブランドは、この電子制御のチューニングが極めて上手く、あたかも「自分の腕で曲がっている」かのような、極めて自然でメカニカルな接地感をドライバーに残す味付けをしている
  • 失われた「限界を探る歓び」:一方で、一部の最新ハイパフォーマンスカーでは、あまりに制御が完璧すぎて、ドライバーのステアリング操作に対するクルマの動きが「超自然的(スーパーナチュラル)」かつデジタルになりすぎており、どこかゲームの画面を操作しているような、路面とのディスコネクト(切断)感や味気なさを覚えさせることも(R35 GT-R登場時はよくそのように言われた)。タイヤが滑り出す瞬間の微小な音やブッシュがよれる生々しい感覚、荷重移動だけでクルマをコントロールする「あの純粋な喜び」は、電子の壁の向こう側に隠されてしまっているのが現代のスポーツカーなのかもしれない
ポルシェ911GT3のセンターロックY字スポークホイール
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結論

サスペンションエンジニアリングがソフトウェアに取って代わられた時代。それは、自動車が「鉄とゴムでできた機械」から「コード(プログラム)で走るロボット」へと進化したということなのかもしれません。

もし日産が2007年にGT-Rにあの魔法のシステムを組み込まなければ、現代のスポーツカーは今ほど安定的で、誰もが安全にサーキットを攻めることができるような乗り物にはなっていなかったという可能性も。

そしてこれは間違いなく自動車史における偉大なイノベーションであり、ぼくらが最新のスポーツカーに乗って「素晴らしい走りを実現できた」と感じるとき、その感動の半分は車載コンピューターの中で1秒間に何千回もの計算を繰り返し、裏でこっそりブレーキをつまんでくれている優秀なデジタルアシスタントへと送るべき報酬なのかもしれません。

なお、現代のスーパーカーがどれほどよくできているかを知るには、まずはそのスーパーカーでワインディングロードをいったん走り、その後にレンタカーなりでマツダ・ロードスターあるいはGR86を借りて同じ道を同じように走ってみれば「いかに自分がクルマに助けられていたか」がわかるのでは、とも考えています(ぼくの経験談)。

toyota GR86(レッド)のキー
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参照:Motor1

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