
| ボクの愛する日産フェアレディZ(Z32)は今見ても素晴らしいクルマである |
R32 GT-Rとともに当時の日産の勢いを象徴するクルマでもあった
1990年代初頭、日本の自動車メーカーが技術の粋を集めて生み出したスポーツカーの中でも、日産「フェアレディZ (Z32型、海外では300ZX)」ほど情熱的な議論を呼ぶモデルは他にないかもしれません。
3.0L V6ツインターボエンジンと当時の最先端電子制御技術を惜しみなく投入されたZ32は、高額な欧州製スーパースポーツカーを脅かす存在として1989年7月に鮮烈なデビューを果たしており、これは「日本車で初めて、カタログスペック280馬力を謳ったクルマ」としても知られます(つまり自主規制上限の最初のクルマであった。R32 GT-Rの発表は翌8月である)。
ポルシェ911の領域に足を踏み入れるほどの野心的なパッケージングを持っていたスポーツカーではありますが、これは同時に維持の難しさや価格高騰という課題を生むことになり、そして実際に乗っていた身からすると「(日産でもそれまで経験がなかった)初の280馬力」であったがゆえ、「自らのパワーをもって自らの車体を蝕む」という表現がぴったりなほど「走れば走るほど車体の劣化やパーツの消耗が進んだクルマ」。
今回は、時代を先取りしすぎた日産のハイテクモンスター「300ZX」ことZ32 フェアレディZの栄光と悲劇のドラマに迫ってみましょう。

この記事の要約
- 1989年7月に登場した日産300ZX(Z32型)は280馬力の3.0Lツインターボと最新電子制御を搭載した日本が誇るハイテクスポーツカーだった
- 複雑すぎるエンジンルーム構造や初期電子制御サスペンション、四輪操舵(HICAS)などがメンテナンス性を低下させ、所有コストの高騰を招いた
- 円高や車両価格の上昇、保険価格の高騰、SUVブームへのシフトが重なり主要市場であった北米から撤退し、そのライフを終える
- その先進技術と美しいデザインは現在の「フェアレディZ」へと確実に受け継がれている
日産 フェアレディZ(Z32)の概要
1990年モデルとして北米市場に投入されたZ32型300ZXは、従来の日産およびフェアレディZのイメージを覆す「洗練された高級GTカー」として開発され、搭載されたのは自然吸気(NA)およびツインターボの3.0L V6ツインターボエンジン(VG30DETT)で、とくに後者は「日本で初めて自主規制ギリギリ」の280馬力を公式に謳った存在として歴史に残ります。※今では考えられないことではあるが、1つの車種内に「2シーター」と「2by2」とが存在し、それぞれ異なるホイールベースを持つ専用ボディを有していた
そしてなによりもZ32 フェアレディZで印象的だったのは「低くワイドなプロポーション」、そしてフラッシュサーフェス化された流麗なデザインで、当時は「欧州の高級スポーツカーに比肩する美しさ」とも評されたことを覚えている人もおおいかもしれません。
とくに滑らかにカーブするサイドシルは当時の工作機械では製造することが難しく(通常はまっすぐ)、よってZ32にために新しく治具を設計したのだそう。

しかしながら、先進的すぎたメカニズムと複雑な構造は後にオーナーや整備士を苦しめることになり、当時はOBD-IIのような標準化された診断システムが普及しておらず、電子制御サスペンションやフルオートエアコン、四輪操舵システム「HICAS」の故障に対応できる整備工場は極めて限られており、「何かあると」日産ディーラーへと持ち込まねばならず、そしてチューニングやカスタムによって生じる不具合も数しれず、そのため常にトラブルに悩まされていたオーナーがいたのもまた事実。
Z32型 フェアレディZ:概要
「ツインターボ」モデルは日本だと280馬力、当時のアメリカ仕様で300馬力を発揮し、0-60mph(約0-96km/h)加速は5.5秒という驚異的な俊足ぶりを見せており、鋳鉄ブロックに鍛造内部パーツを採用したタフなエンジン構造はチューナーからも絶賛され、アフターパーツによるパワーアップの伸び代も絶大で、そのため多くのチューナーから支持されたほほか、当時ボンネビルにおいてもクラス最速を記録したということも(そのZは後に日本で公道登録がなされたと聞く)。
一方で、ギチギチに詰め込まれたエンジンルームは作業性が著しく低く、プラグ交換ひとつを取っても複数のパーツを取り外す必要があるなど、その構造に由来し整備費用(工賃)が跳ね上がったことも今となっては「ある種の思い出話」です。
参考までに、本当にエンジンルーム内にはクリアランスがなく、よって車体剛性を確保するためにタワーバーを装着しようにも「装着するスペースがなく」、結果的に当時はZ32に対応するタワーバーがほぼ存在しなかったと記憶しています。

日産 300ZX ツインターボ(Z32)主要スペック
| 項目 | 詳細・スペック |
| エンジン | 3.0L V6 DOHC ツインターボ(VG30DETT) |
| トランスミッション | 5速MT / 4速AT |
| 最高出力 | 300 hp(※日本仕様は280 PS) |
| 最大トルク | 約384 Nm |
| 0-60mph加速 | 約5.5秒(AT車:約6.5秒) |
| 最高速度 | 155 mph(約250 km/h / リミッター作動)※北米仕様 |
| 駆動方式 | 後輪駆動(FR) / HICAS(四輪操舵) |
| 発売当時価格 | ベースモデル約$30,000〜 / ツインターボ約$50,000 日本価格:425万円(ツインターボ 2by2・5MT)、345万円(2シーター・5MT) |
なお、この280馬力の市販車というのは日産にとっても未知の領域で、そのため各所に負担がかかり、熱(デビュー当初はオーバーヒートが多かった)、ボディ剛性(とにかく走れば走るほどヤレてきた)、ストッピングパワー(全然止まらない)など課題山積で、しかしどこかを強化すれば「弱い部分にしわ寄せ」がゆき、たとえばフロントにタワーバーを通せばリヤがよじれる、リヤにタワーバーを装着すればキャビンがねじれるといった具合です。
さらに強化ブレーキを装着するとサスアームの取付部にも負担がかかって破損の原因になるなど、「弄っては壊し」を繰り返しながらクルマの構造と理論を学んだのもこのクルマ。

ちなみに(納車後にかかった)カスタム費用はおそらく「ぼく史上最高」で、インテリアもほぼ「全張替え」を行うなど、とにかくお金と時間、そして情熱を注ぎ込んだのもこのZ32。

ただ、最終的に達した結論が「クルマは弄ってはならぬ」ということで、それ以降ぼくは「弄る必要がない」完成度の高い欧州のスポーツカーを購入するようにして現在に至っていて(そのほうが結果的に安上がりである)、いろいろと教えてくれたZ32には感謝の意しかありません。
競合比較・市場での位置付け
なお、北米における発売当初の価格(ベースモデルは約30,000ドル、ツインターボモデルは50,000ドル近く)は現地における当時のポルシェ911に迫る価格帯であり(同じ時期、日本だとポルシェ911は995万円だった。ちょうど964に切り替わる時期である)、多くのユーザーにとって「日産車に支払う金額」としてはハードルが高いものであったというひとつの現実も。
参考までに、この頃のホンダ(サイバー)CR-Xやワンダーシビックの価格が150万円程度であったので、日本でのフェアレディZの価格が北米に比較して割安であったといえど、「非常に高価な」クルマであったということもわかります。※当時のR32 GT-Rの新車価格は445万円
ちなみに初期型のキーには「チタン」を採用しており、こういった「こだわり」もまた価格を押し上げてしまった理由の一つであると考えられます。

なお、このZ32型フェアレディZを皮切りに国内では「280馬力勢」が相次ぎ登場し、伝説の2JZエンジンを搭載したトヨタ「スープラ ツインターボ」や、アクティブエアロと4WDを引っさげた三菱「GTO(海外名:3000GT VR-4)」といった強力なライバルの出現によって徐々にフェアレディZの存在感が揺らぎ始めることとに。
海外市場に関していえば、1990年代半ばにかけての急激な円高が(輸出価格の高騰といった形で)追い打ちをかけ、世界規模でZ32の価格競争力が削がれていった、というのが1995年くらいの出来事です(よって、この時期に日産は装備を簡略した廉価版のフェアレディZを投入している)。

補足情報
1990年代半ば以降、ユーザーの関心が2ドアクーペからSUVへとシフトしたこともZ32の時代を終わらせた一因で、これと時を同じくして「2ドアクーペ」を中心としたスポーツカーに対する”保険料の高騰”が決定打に。
実際のところ、これを理由に多くの日本製スポーツモデルが北米市場から撤退していて、この影響はスープラやRX-7も同様であり、そしてRX-7後継モデルのRX-8は「補助ドア」を設けることで”2ドア認定”を回避し高い保険料を免れようとしたという苦肉の設計を持っていることでも知られていますね。

こういった「光と影」とが混在するフェアレディZではありますが、その走りとデザインに対する評価は時を経ても色褪せることはなく、モータースポーツやタイムアタックの世界で実績を残したZ32は、現在コレクターズカーとして中古車市場における価格が再沸騰中で、走行距離が少なく状態が良いツインターボモデルだとオークションで135,000ドル(約2,000万円超)という高値で取引されるケースも出てきています。
また、現行型の「日産 Z(RZ34)」がV6ツインターボエンジンを搭載していることからもわかる通り、Z32が示してくれたハイパフォーマンスのDNAは今もなお日産のスポーツカーづくりの根底に生き続けていて、さらにはRZ34のテールランプは「Z32」モチーフであるのはよく知られる事実でもありますね。

結論
日産300ZX(Z32)は時代に対してあまりにも野心的で先進的すぎた(そして日産がこだわりすぎた)ハイテクスポーツカー。
複雑なメカニズムと高コスト構造、そして時代の波に飲まれて北米市場からの撤退を余儀なくされ、それに伴い販売の多くを失ったことで生産が終了してしまいましたが、ポルシェ911に真っ向から挑んだその技術的挑戦は自動車史に刻まれるべき快挙ともいえるもの。
リスクを恐れずに理想を追求した日産の情熱が生み出したZ32は、今も世界中のファンから「真のレジェンド」として愛され続けていることは疑いようのない事実であり、ぼくも「常に心の奥底にZに対する情熱の炎を燃やし続けている」一人です。
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参照:NISSAN, CARBUZZ











