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【ブガッティ伝説の裏方】現代ブガッティの復興をゼロから支えた「最初の社員」が退職。ヴェイロン誕生とモルスハイムの奇跡を紡いだ25年の献身とは

近代ブガッティ「最初の」従業員、パトリック・バーク氏

Image:Bugatti

| 新型「トゥールビヨン」の影で、ひとつの偉大な歴史が静かに幕を閉じる |

現代ブガッティ誕生時から同じ敷地に住み、休み無くブガッティを支えた男の物語

ハイパーカーの頂点に君臨し続けるブランド、ブガッティ。

エットーレ・ブガッティが1909年、フランス・アルザス地方のモルスハイムにて創業したことからその歴史がはじまっていますが、その後幾度もの休眠期を経たのち、1990年代末にフォルクスワーゲングループの元で奇跡の復活を果たしています。

現在、最高出力1800馬力を誇る最新のV16新世代ハイパーカー「トゥールビヨン(Tourbillon)」の開発が佳境を迎えているところでもあり、しかしこのモルスハイムの聖地では、ひとつの偉大な「個人の歴史」が静かに幕を閉じることになったというのが今回のニュースです。

その個人の名はパトリック・バーク(Patrick Burk)。今から約四半世紀前、ブガッティがモルスハイムの地に帰還したその最初の日、敷地にただ一人だけ存在した「最初の従業員」です。

ヴェイロン、シロン、そして最新のトゥールビヨンへと続くハイパーカーの黄金期を、現場のトップとして、時には建築責任者、時にはVIPを誘うコンシェルジュとして支え続けた彼の軌跡は、クルマ好きなら誰もが胸を熱くする、情熱と献身に満ちた物語で溢れています。

近代ブガッティ「最初の」従業員、パトリック・バーク氏の回想

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この記事の要点

  • ゼロからの聖地復興: 新型ハイパーカー「トゥールビヨン」の開発が進みブガッティが新たな時代へ突き進む中、2000年代初頭のモルスハイム復興時に「最初の社員」として足を踏み入れたパトリック・バーク氏が25年のキャリアに幕を閉じる
  • 名前なき求人広告から始まった伝説: 社名も勤務地も伏せられた秘密裏の求人に応募し、当時荒れ果てていたシャトー(城館)にただ一人赴任。施設管理からVIP対応まで、ブランドの「顔」として激動の四半世紀を支え続ける
  • ヴェイロン誕生の生き証人: 初代社長カール=ハインツ・ノイマン氏の右腕として、1000馬力オーバーの怪物「ヴェイロン」のプロトタイプテストを影で支え、世界に一台限りのミニチュアモデルを託された唯一無二の存在
  • 24時間365日の献身: 23ヘクタールの敷地内に家族と住み込み、私生活を犠牲にしながらも「ブガッティの誇り」のために全てを捧げた、知られざる偉人の感動的な引退ストーリー
「他と比べられるようであれば、それはブガッティではない」。近代の挑戦者によるブガッティ創業者の意思の再現、そして未来へ(2)
「他と比べられるようであれば、それはブガッティではない」。近代の挑戦者によるブガッティ創業者の意思の再現、そして未来へ(2)

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「名前のない求人広告」から始まった、伝説のシャトーでの25年

ミレニアム(2000年前後)の転換期、ブガッティが再びアルザスの地に根を下ろそうとした時、そこには文字通り「白紙のページ」しか存在せず、かつてエットーレ・ブガッティが愛したシャトー(城館)は修復もされず、時の流れに取り残されたまま傷つき、壁の向こうにはただ広大な空き地が広がっているだけであったといいます。※VWグループの前の「ブガッティ」の拠点はフランスではなくイタリアであった

そして当時、サヴェルヌ出身の施設管理専門家だったパトリック・バーク氏は地元紙の求人広告に目を留めることとなり、それは、社名も勤務地も意図的に伏せられた”極めて控えめな募集”。

しかし、面接のためにシャトーの門をくぐった瞬間、彼は「自分がこれまでに出会った何ものとも違う、特別な何かがここから始まる」と直感したと述べており、採用されたバーク氏は23ヘクタール(東京ドーム約5個分)に及ぶ広大な敷地内に家族とともに住み込み、週7日、24時間体制でこの地を見守る唯一の番人となることに。

「他と比べられるようであれば、それはブガッティではない」。創業者の信念、卓越性の追求とブガッティの変遷(1)
「他と比べられるようであれば、それはブガッティではない」。創業者であるエットーレ・ブガッティの信念、卓越性の追求と経営破綻、そして再生(1)

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近代ブガッティ「最初の」従業員、パトリック・バーク氏

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かくして彼は新生ブガッティとドイツ・ヴォルフスブルクの親会社(フォルクスワーゲン)を繋ぐ唯一の架け橋であり、モルスハイムにおけるブランドの「生きた窓口」ともなったわけですね。

初代社長との絆と世界に一つの「ヴェイロン」

バーク氏が「最初の社長であり、最高のメンター(恩師)」と慕うのが、当時のフォルクスワーゲンのエンジニアリングの巨頭、カール=ハインツ・ノイマン(Karl-Heinz Neumann)氏。

ノイマン氏の指揮下で、後に世界を震撼させる1001馬力の怪物「ヴェイロン(Veyron)」のコンセプトが練られ、そしてプロトタイプが手作りされ、ニュルブルクリンクや公道での過酷なテストが繰り返されますが、二人の間に結ばれた絶対的な信頼関係を象徴する、忘れられないエピソードがあるといい、それはノイマン社長は当時世界で最初につくられた「ヴェイロンの最初期ミニチュアモデル(世界に一台限りのワンオフピース)」を、誰よりも復興に尽力したバーク氏の手に直接手渡したこと。

コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステでのブガッティ・ヴェイロン・プロトタイプ「シャシー5.1」~フロントサイド
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「ブガッティは常に最優先でした」とバーク氏は振り返ります。

「24時間、週末も関係なく、仕事が止まることはありませんでした。子供たちはこのブガッティの敷地内で育ち、私たちの家族の歴史は、この場所と完全にシンクロしていました。ブランドのために家族との時間を犠牲にしたこともありましたが、そこに後悔はありません。伝説の復活を直に担い、この聖地を任された唯一の人間であることに、言葉にできないほどの誇りを感じていたからです」

近代ブガッティ「最初の」従業員、パトリック・バーク氏の回想

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ブガッティの給油口(EBマーク)
1台売るごとに6億円の赤字、経営陣を震え上がらせたブガッティ・ヴェイロン。発売から20年経ち、「狂気と情熱による最高の無駄遣い」として再評価される

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主要な功績、およびモルスハイムでの仕事

パトリック・バーク氏が25年間で築き上げた功績は施設管理という枠を遥かに超え、ブガッティというブランドの「品格」そのものを形作ってきた「歴史」でもあります。

パトリック・バーク氏が関わった主要プロジェクトと功績

  • モルスハイムの完全復興: 荒れ果てていた伝統の「シャトー(Château)」および「北の馬車小屋(Remise Nord)」の歴史的建造物の修復を統括
  • 「アトリエ(Atelier)」の建設: ヴェイロンやシロン、そして現在のディボやボライドといった数億円規模のハイパーカーが手作業で組み立てられる、全面ガラス張りの最先端工場の建設総指揮
  • ブガッティ100周年記念のシークレット花火: 2009年のブランド創立100周年記念式典の際、社長にも内緒で地元のコネクションを駆使してサプライズ花火を敢行。アルザスの夜空を彩り、世界中のVIPからスタンディングオベーションを受ける
  • VIPゲストの高級コンシェルジュ: 空港への送迎からモルスハイムの街の案内、ブランドの歴史の伝承まで、数億円のクルマを買いに来る世界中の超富裕層を親しみやすいホスピタリティで魅了
【伝説の証言】時速400km超の恐怖と歓喜。ブガッティ・ヴェイロンを「歴史」に変えた男、ロリス・ビコッキの回想
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近代ブガッティ「最初の」従業員、パトリック・バーク氏

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ブガッティ・ヴェイロン開発秘話がいま明かされる:「タイヤ開発だけで5年」など時速400km/hを実現するために必要だった“ありえない”挑戦とは
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「アトリエ」の誕生を演出したプロフェッショナル

ブガッティのクルマが製造される場所は、一般的な「工場(ファクトリー)」ではなく、芸術作品を生み出す場として「アトリエ(Atelier)」と呼ばれています。

その第一歩となる定礎式(着工式)の際、まだ何もなかった広大な空き地に、バーク氏は独自のネットワークでローカルのサプライヤーを手配し、300人以上のVIPを迎える壮大なステージへと変貌させたといい、ノイマン社長や地元の市長が到着したとき「すべての準備は完璧に整っており」、このときこそが「何もない平原が、ブガッティの復活の産声を上げる歴史の舞台へと変わった瞬間」だった、と振り返ります。

参考までにですが、ポルシェは「カイエン」立ち上げの際に工場を建設していて、この際にも「地面は何もない、土で覆われた平面」であり、起工式に参列した役員のための長靴、参加者のためのケータリングを手配せねばならない等の苦労が(当時の関係者から)語られたことが思い出されます。

ポルシェは当初カイエンをVWの東欧工場で生産する計画だったものの「ドイツ製」にこだわって新しく自前の工場を建設していた!カイエン人気に合わせ20年で5回も工場は拡張
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なぜブガッティは「人」をこれほどまでに大切にするのか?

近年の自動車業界のブランディングにおいて、最も重要な要素は「単なるスペックの誇示」から、「ヘリテージ(伝統)とストーリーの共有」へとシフトしています。

ブガッティが今回の「引退」を公式に大々的に発表した背景には、ラグジュアリーブランドとしての深い戦略と哲学があり・・・。

近代ブガッティ「最初の」従業員、パトリック・バーク氏

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自動車を売るのではなく「ライフスタイルとファミリー感」を売る

ブガッティを購入する顧客は、数千万円のフェラーリやランボルギーニ、ポルシェをすでに何台も所有する世界最高峰の富裕層です。

彼らがブガッティに求めるのは、単に最高速が高いという事実だけでなく、「モルスハイムという聖地の一部になる」という特別な体験で、 バーク氏は顧客対応についてこう語っていたのだそう。

「ブガッティのお客様は、特別な存在ですが、同時にシンプルな温かい時間を共有することを楽しむ一人の人間です。私は彼らがモルスハイムに来たとき、まるで『自分の家に帰ってきた』かのように感じてもらえるよう全力を尽くしました」

この「温かいホスピタリティ」こそが、無機質なスーパーカーメーカーと、ブガッティとを分ける決定的な境界線というわけですね。

工業製品に「ソウル(魂)」を吹き込む裏方の存在

どれほど優れたカーボンモノコックや驚異的なクアッドターボW16エンジン(あるいは新型トゥールビヨンのV16ハイブリッド)を開発しても、それを製造する場所、そして迎える人々に歴史の深みがなければ、それは単なる「高価な機械」に過ぎません。

パトリック・バーク氏のようにブランドの苦難の時代を知り、寝食を忘れてその土地を守り抜いた人物のストーリーそのものがブガッティのクルマの価値を高める「見えない資産」となっていて、彼のような情熱的な個人がいたからこそ、モルスハイムは再び自動車の聖地として息を吹き返すことができたのだとも考えられます(ちょっと事情は異なるが、豊田章男氏が表に出るようになってトヨタに対する人々の認識が変わったことにも通じるように思う。そしてCEOが前面に出るケースが増えたことも現代ならではである)。

近代ブガッティ「最初の」従業員、パトリック・バーク氏とトゥールビヨン

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結論:聖地を守り抜いた男は、次なる楽園「コルシカ島」へ

「素晴らしい時間を過ごさせてもらいました。美しいものをたくさん目撃し、多くの人々に出会い、私の時間とエネルギーのすべてをブガッティに捧げました。その見返りとして、私はシャトーにいるとき、いつでも自分の家にいるような心地よさを感じていたのです」

そう笑顔で語ったパトリック・バーク氏は、ブガッティがハイブリッドの新時代「トゥールビヨン」へと完全に舵を切るのを見届け、聖地モルスハイムを後にするという決断を行います。

彼が現在、新たな人生のチャプター(章)として移り住んだのは美しき地中海の島、コルシカ島。これからは最愛の妻、そして子供や孫たちに囲まれ、これまでブランドのために捧げてきた時間を、家族との穏やかなひとときのために使う予定だとも語ることに。

彼がゼロから再建を手助けしたモルスハイムのアトリエからは、これからも世界最高峰のハイパーカーが続々と誕生し続け、そしてその1台1台の美しいボディの奥には、25年前に誰もいない荒野でブランドの復活を信じ、門番として立ち続けた一人の男の情熱と魂が確実に息づいているという事実を忘れてはならず、ぼくがブガッティのクルマを購入する機会はまず訪れないかとは思いますが、パトリック氏のこれまでの偉大な貢献には心からの敬意と感謝を捧げたいと思います。

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参照:Bugatti

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