
| 致命的なダメージではないが、エンツォフェラーリを修復するにはかなりの時間とコストを要しそう |
現在のところ、責任の所在は事故の詳細は不透明
さて、今年はじめには試乗中だったエンツォフェラーリがクラッシュするという悲劇が報じられていますが、今回は「納車中」のエンツォフェラーリが大破したというニュース。
これは英国ジャージー島のオーナーへと納車される最中の出来事だそうで(周囲の家がどれも大きいので、高級住宅街のようだ)、このときエンツォフェラーリを運転していたのは車両を運んできた業者だと報じられています。
その不幸な事故はこうやって起こった
この事故については詳細がまだわからず、しかし「納車中、オーナーに引き渡すために大通りを走行中、ホンダ・フィットと衝突した」「フィットとの衝突との衝撃で中央分離帯へとエンツォフェラーリが突っ込み、その衝撃でスピンして道路の反対側に跳ね飛ばされた」とも報じられています。

画像を見てわかるのはフィットのフロント部が完全に潰れエアバッグが展開していること(かなり衝撃が大きかったようだ。さらに、ほぼ真正面から当たっている)、エンツォフェラーリの左右リアが大きく破損していること(エンツォフェラーリのエアバッグも開いている)。
エンツォフェラーリのリア左右タイヤ/ホイールは大きくずれているので、サスアームごと破損している可能性が高く、リア側サブフレームの損傷もかなり大きいと思われるため、エンジンやトランスミッションにも「ズレ」が生じていると考えていいのかもしれず、修復が不可能なダメージではないものの、元に戻すには相当な時間とお金がかかることになりそうですね。
今のところ過失の状況などわかりませんが、オーナーに引き渡す前であれば(心理的ダメージはともかくとして)オーナーに金銭的な負担は発生しないと考えられ、そして車両の破損は(業者が保険に加入していれば)保険にてなんとかまかなえるのかもしれません。

なお、納車中や納車直後の事故は意外と多く、中には誰にも責任を問えない例も見られるものの、やはり「不慣れ」なクルマと状況に起因することが多いように思います。
フェラーリ・エンツォフェラーリはこんなクルマ
このエンツォフェラーリは2002年に399台のみが限定販売されたスーパーカーで(後にローマ教皇の依頼によって1台が追加)、当時のフェラーリの「技術的な頂点」。
288GTO以降、F40、F50と続くこのシリーズは、それぞれの時代の”究極”を詰め込んだことが特徴であり、エンツォフェラーリについてはF1から得たフィードバックをエンジニアリングだけではなくインターフェースにも反映したことが大きな特徴。
さらにそのスタイリングは(それまでのモデルに比較し、もっとも)機能に直結しており、とくにフロント部は度重なる風洞実験による、流体力学に基づいた効率性が追求されています。

なお、ダウンフォースはグラウンドエフェクトによって大半が得られ、そのために(フェラーリのロードカーの例に倣い)リアウイングは非装着。
ボディのスタイリングはピニンファリーナ(に在籍していたケン・オクヤマ=奥山清行氏)で、搭載されるエンジンは65度V12(5,998cc、660馬力)。
パワートレイン設計におけるトッププライオリティは”シフトチェンジにかかる時間の短縮”だったといい(結果的に0.150秒を達成)、マン・マシーン・インターフェースとともに、車両の性能を最大限に発揮させるというコンセプトが取り入れられています。※ドライビングポジションも非常に重要視され、オーナーの体型やドライビングスタイルに合わせていくつかのシートサイズとバックレストが用意されている

ぼくとしては、1990年代後半以降、フェラーリはそれまでの「エンジニアリング中心」から、「その優れたエンジニアリングを、どうすれば最大限ドライバーが引っ張り出せるか」という方向へとシフトしたと考えており、これは1996年にフェラーリへと加入したミハエル・シューマッハの影響が大きいんじゃないかと予測。
ミハエル・シューマッハ最大の能力は、ドライビングスキルもさることながら、マシンの開発能力にあったとも考えていて、「いかに優れたマシンがあったとしても、その性能を発揮できないセッティングではどうしようもない」という当時の状態から、「いかにマシンのポテンシャルを引き出し、速く走り勝利に結びつけるか」という方向性にチームをシフトさせたことがもっとクローズアップされてもいいんじゃないかと考えているわけですね(エンツォフェラーリの開発にも、ミハエル・シューマッハがタッチしている)。

さらに言えば、1991年にフェラーリのCEOへと就任したルカ・ディ・モンテゼーモロがミハエル・シューマッハと(おそらく)同じ方向性の考え方を持っていたであろうこともこの(1990年代後半からの)フェラーリの傾向を後押ししたんじゃないかとも推測していますが、いずれにせよ、このエンツォフェラーリはそういった”新しい”フェラーリの象徴であったと認識しています。
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参照:Supercar.fails