
| フェラーリの性能を支える「バランス」の科学とは |
ハイライト
• フェラーリの走りの根幹は、クルマの全重量が集中する理論上の点である「重心」の徹底的な最適化にある
• 重心が低いほど、グリップ、応答性、速度が向上し、コーナリング時のロール(横揺れ)やピッチング(前後の傾き)が抑制される
• デザインは外見ではなく、機能性によって導かれる(Form follows function)という原則がフェラーリ設計の根幹にある
• 歴史的なミッドリアエンジンのパイオニア「ディーノ」から、最新の「トランスアクスル」レイアウトを採用した「12 チリンドリ」に至るまで、フェラーリは常に最適な重量配分を追求し続けている
• レーシングカー「499P」で得られた最先端の知見が、「F80」などのロードカーへとダイレクトにフィードバックされている
スポーツカーの命運を分ける「重心」の役割
フェラーリが長年にわたり実現してきた卓越したスピード、パワー、そして正確無比なコントロール。その根幹を支えているのは、単なる大出力エンジンではなく、緻密に計算された「バランス」、すなわち「重心(Center of Gravity, CoG)の最適化」だとされています。
そして今回、フェラーリがこのテーマについて語る動画を公開しており、これはある意味でフェラーリのスポーツカーの走りを理解する上での”最も重要な鍵”となりえます。
ここでは、なぜフェラーリが重心を低く、そして理想的な位置に重心を置くことにこだわるのか、そしてその哲学がどのようにディーノから最新モデルまで進化してきたのかを物理学的な側面から見てみましょう。
重心(CoG)の基礎知識
フェラーリの設計思想は、「フォーム(デザイン)は機能に従う」という原則に基づいていますが、これは自然界にも見られる普遍的な真理です。
例えば、チーターの柔軟な背骨がスピードを生み出し、尾が素早いターン時のバランスを確保するように、スポーツカーにおいても低重心は性能確保の鍵となるわけですね。
まず重心とは、「物体の全重量が集中している理論上の点であり、この点を基準にして、すべての構成要素の質量が釣り合っている状態」を指しています。
皿の積み重ねのような静的な物体では特定は簡単ですが、常に動くクルマにとって重心の特定はより複雑で、車体には重力、エンジンによる牽引力、タイヤと路面の摩擦や空気抵抗による制動力など複数の力が作用しており、また、運動している物体がその状態を維持しようとする慣性の法則も働くこととなるため、この制御を行うには相当な経験値を要します。
運動性能と低重心の密接な関係
これらの力が異なる点や反対方向に作用するため、車体は常にモーメント(回転力)の影響を受け・・・。
1. ピッチングモーメント(前後の傾き): 発進時や制動時に発生する前後の傾き。重心が低いほど、このピッチングモーメントが少なくなる
2. ロールモーメント(横方向の傾き): コーナリング時、慣性の法則により車は直進を続けようとし、カーブの外側へ押し出される力が発生し、これによって遠心力が重心自体に作用。結果としてクルマは傾き、外側のタイヤにより多くの重量が移り、内側のタイヤの荷重が減ることに。この荷重の不均衡がロールモーメントを生みだし、この場合も重心が低ければ低いほど、ロールが抑制される
つまるところ、重心を可能な限り低くすることでこれらの変化(モーメント、ロール)、タイヤのグリップ、車の応答性、そして最終的な速度を向上させることができるというわけですね。
フェラーリのエンジニアリング進化:重量配分の最適解を求めて
よって重心は低ければ低いほど良いというのが基本ですが、デザインは機能に従うという原則のもと、フェラーリは車種の目的(スピード、パワー、コントロール、そして快適性や空間)に応じて重心と重量配分を最適化しており、その鍵を握るのがエンジンとギアボックスの位置です。
ミッドリアエンジンのパイオニア:ディーノ
まずエンツォ・フェラーリにとって特に技術的に重要であったのが「Dino(ディーノ)」。
1955年、息子であるアルフレード・フェラーリ(ディーノ)は、フォーミュラ2レーシングカー向けにV6エンジンをリアに搭載することを提案し、このアイデアがロードカーにも適用され、ディーノは史上初の量産型ミッドリアエンジンロードカーとなっています。
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当時のグランツーリスモ市場では、空間や快適性を確保するためにエンジンをフロントに配置するのが一般的、しかしフロントエンジン車はカーブ進入時に自然とアンダーステア(前輪が外に膨らむ傾向)になりやすく、応答性に劣ります。
その一方、ディーノに採用されたミッドリアレイアウトはカーブ進入時の俊敏性を劇的に向上させることができるという性質を持っていて、これはフィギュアスケーターがより速く回転するために腕や足を体に引きつけるのと同じ原理でもありますが、車体の質量が重心に近づくほど慣性モーメントが低下し、応答性が迅速になるというわけですね。
参考までに、フェラーリの最新ミドシップモデル「849テスタロッサ」ではその傾向が顕著に見られ、先代であるSF90ストラダーレから受け継ぐ形にて、V8ミドシップエンジンが「とんでもなく低い位置に」マウントされることに(本当にこれは信じられないほど低い位置にあり、ランボルギーニのミドシップモデルと比較しても著しく低く、フェラーリの重心へのこだわりを示す例でもある)。
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最新の技術:モータースポーツからのフィードバック
モータースポーツはフェラーリのロードカー開発の最前線であることがよく知られていますが、とくに「499P」はV6エンジンをミッドリアに配置し、さらにフロントアクスルに電動モーターを補完することで全輪駆動(AWD)を実現しており、この499Pから得られた技術的な知見は新型ロードカー「F80」の設計に生かされているのも周知の事実。※F80は、巧妙なエンジンレイアウトにより重心を大幅に下げている
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この499P、そしてF80や296GTB / 296GTSに積まれるV6エンジンそのものも「低重心化」を前提としたバンク角(120度)や設計を持っており、いかにフェラーリのレーシングカーとロードカーとがシームレスに結合しているかもわかりますね。
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スペック特徴:フェラーリの重心最適化技術
フェラーリが重心最適化のために採用してきた主要なレイアウトや技術をまとめてみると以下の通り。
| モデル名 | レイアウト | 主な設計上の特徴 |
| ディーノ | ミッドリアエンジン | V6エンジンを座席後方に横置き配置することでコンパクト化し俊敏性を向上。比較的広い室内と小さなトランクスペースを確保 |
| 499P | ミッドリアハイブリッド | V6ミッドリアエンジンに、フロントアクスルに電動モーターを補完。全輪駆動(AWD)を実現 |
| F80 | ロードカー(最新) | 499Pの知見を応用し、巧妙なエンジン配置により重心を大幅に低下 |
| 12 Chilindri | トランスアクスル | ギアボックスをリアアクスルに移動し、エンジンに対するカウンターウェイトとして機能 |
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空間と俊敏性を両立する「トランスアクスル」
そしてフロントエンジンレイアウトであっても「重心」は重要な要素となり、(グランツーリスモとしての)広い室内空間そして大きなトランクを求めたとしてもスポーツカーとしての俊敏性を犠牲にすることはできず、しれらのバランスを求める場合に非常に有効な解決策が「トランスアクスル・レイアウト」。
トランスアクスルはギアボックスをリアアクスルに移動させることで重量を再配分し、エンジンに対する戦略的なカウンターウェイトを生み出すことが可能となる構造ですが、これによってフロントエンジンの利点を維持しつつ理想的な重量配分を実現し、俊敏性を確保することに成功しています。
「12チリンドリ」もやはりこのトランスアクスルを採用し、フロント48.4%、リア51.6%というほぼ完璧な重量配分を実現しています。
物理法則に挑むバランシングアクト
フェラーリの各スポーツカーは、まさに「バランシングアクト(綱渡り的な均衡)」そのものであるとも考えられ、すべての要素が全体の調和に貢献し、クルマの持つ性能を最大限に引き出すために物理学の法則に挑み続けているというのがまさに「フェラーリの今」。
70年以上にわたるレース界での技術的専門知識に裏打ちされたフェラーリのソリューションと技術は、自動車産業における最先端のパイオニアであり続け、このバックボーンによってデザインとエンジニアリングを融合させ、単なる移動手段ではない、感動的な体験を提供する車を生み出し続けているというわけですね。
重心の最適化は、まるで”高い技術を持つバレリーナ”のようでもあり、重心が常に体の中心軸に近く、低い位置に保たれているからこそ、彼女たちは重力に逆らうかのようなアクロバティックなジャンプや、素早く美しいスピンを行うことができ、フェラーリのエンジニアリングはそのバレリーナが持つ完璧なバランスを「時速300kmを超える機械で実現しようとしている」と言えるのかもしれません。
フェラーリが「重心」について語る動画はこちら
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