■駄文(日々考えること)

ボクは職業柄、人を分類せねばならないことがある。その分類のひとつが「ドアを開けるとき、その先にあるものを予想する人とそうでない人」

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| 別にドアの向こうを想像したからといってなにか得をするわけではないけれど |

人生において、やはりリスク回避は重要である

さて、ぼくは職業柄「人を分類し判断する」必要があったりするのですが、その過程でいくつかの(自分なりの)分類を作っており、その一つが「ドアを開ける時、その向こうに何があるのかを想像する人と、何が待ち受けているのかを考えない人」。※分類においては常にわかりやすく「2つ」の両極端な特性に分けている

つまり、ドアを開けるとき、その向こうに何があるのか、もしくは誰がいるのかを想像あるいは予想して注意深く開ける人と、何も考えずにバーンとドアを開けてしまう人がいる、ということですね。

やはりボクらは常に未来を予測すべきである

もちろんこの分類によって、ぼくもしくはぼくのクライアントが高く評価するのは「ドアを開けるときにその向こうを予測する人」であり、そういった人々はビジネスにおいても高いリスク管理能力を発揮する可能性が高く、さらには「これをどうすれば、何が起きるのか」という因果関係を理解できる可能性も高まってきます。

なお、日常生活においても「ドアの向こうを予測できる人とできない人」両方に遭遇する機会が多いかと思いますが、ひとつの端的な例は「エレベーター」。

たとえばエレベーターを待っていて、ドアが開くと同時に中を確かめずに乗り込もうとし、人がいっぱいであったことに驚いて後退りする人を見たことがあるかもしれません。

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そのほか、商業施設のトイレにおいても同様であり、「ドアの向こう」を予測できる人とそうでない人とに分かれており、ぼく的な印象だと7対3くらいで「向こう側を予想できない人が多い」もよう。

しかしながら、ドアの向こうを予測できなかったとしても実生活においてはさほど支障がないものと思われ、現実的にも問題はなく、たんにぼくが行っている分類は「ビジネス上の特性判断」に用いるものに過ぎず、とくにそれを気にする必要はないかもしれません(ただ、これを気にかけて色々な人を見てみると面白い発見があるかもしれない)。

このほかにも相当数の「分類」を作成していますが、これらについては追い追い紹介してみたいと思います。

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