
| リトラクタブルヘッドライトはデザイン上の理由から誕生し、またデザイン上の理由から滅んでいった |
「最後の」リトラクタブルヘッドライト装着車はロータス・エスプリとシボレー・コルベット(C5)である
さて、1980年代から1990年代にかけ、スーパーカーの一つの特徴とされたのが「リトラクタブルヘッドライト(ポップアップヘッドライト)。
そして今ではこのリトラクタブルヘッドライトを備える新車は(おそらく)存在せず、しかしその構造へのオマージュとしてフェラーリ・デイトナSP3やマツダ・アイコニックSP(こちらはコンセプトカーですが)には”それっぽい”機能が備わります。
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なぜリトラクタブルヘッドライトは消滅したのか
そこで気になるのが「なぜリトラクタブルヘッドライトが絶滅したのか」。
技術的なハードルがあるわけではなく、法規制によって採用できないわけではないと思われるものの、ここにはいくつかの理由が存在すると言われます。
まず、リトラクタブルヘッドライト、あるいはポップアップヘッドライトを初めて備えたクルマは「1936年型のコード810」だとされ、その意図は「当時主流だった、大きくて虫の目のように飛び出したヘッドライト」がフロントフェンダーのデザインを台無しにしないようにライトを隠した」ところにあるのだそう(つまりは美観上の理由からの誕生である)。
その後このポップアップヘッドライトはランボルギーニやフェラーリ、ロータス、ホンダ、トヨタ、日産、ポルシェ、三菱、デ・トマソ、ランチア、ダッジ、シボレー、そのほか様々なクルマに採用されますが、その理由の多くは「エアロダイナミクス」「デザイン」にあったのだと考えられ、つまりは車高(あるいはノーズ)を低く抑えてクルマをくさび形にしたかったんじゃないかということですね。
ただ、フロントを低く抑えたとしても「バンパー内にヘッドライトを組み込めばいいじゃない」と考えてしまいがちですが、各国には「ヘッドライトの高さ」に関する規定があり、あまりに低い位置にヘッドライトを設置することは「不可」。
そこで「低いノーズの、しかしより高い位置に」ヘッドライトを設置しようとしたとしても、デザイン上の問題はもちろん「技術的な」問題があり、それは「(スーパーカーのフロントのような)ゆるい傾斜角度を持つレンズでは前を照らすことが難しかったから。
これは当時のガラスの製造品質に起因していて、たとえばヘッドライトだけではなく、「極端に寝た角度の」フロントウインドウだと”歪み無く前方を見ること”が困難であったといい、たとえば「世界で最も車高が低いクルマ」を目指したランチア・ストラトス・ゼロはこの問題に直面しています。
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かくして当時の自動車メーカーは「なんとか角度が立ったヘッドライト」を車高が低い車に装着しようとし、そのソリューションがリトラクタブルヘッドライト/ポップアップヘッドライトであったのですが、この解決策には様々な手法が存在し、なかにはアストンマーティン・ブルドッグのように「ヘッドライトを隠すパネルが下がることでヘッドライトが出現する」というものも。
その後技術が発展し、「寝た角度でもちゃんと前方を照射できるガラス」「プロジェクターなど新技術によって照射角度を確保できる技術」を備えたヘッドライトが誕生するのですが(日産フェアレディZ/Z32に採用され、ランボルギーニがこれをディアブロに装着)、この少し前に米国では大きな「変化」が生まれ、これがヘッドライトにおける一つの革命だとされています。
アメリカでは「伝統的な構造を持つヘッドライト」の装着が義務付けられていた
その革命とは「シールドビーム型ヘッドライトの装着義務化」が解除されたことで、このシールドビームヘッドライトとは、よく昔のラリーカーが補助ランプとして装着していたような、「レンズ、リフレクター、バルブが一体化した密閉型ヘッドライト」を指していて、当時米国で販売するクルマはすべてこれを装着する必要があり、よってリトラクタブル/ポップアップヘッドライトを備えるクルマであっても、ヘッドライトそのものは”(ランボルギーニ・ミウラやポルシェ928であっても)シールドビーム”であったわけですね。
つまり、この法規もあって「自由な形状を持つヘッドライト」を作ることができず、よってリトラクタブルヘッドライトに解決策を求めたという側面もあるのですが、転機となったのが1984年に登場したフォード・トーラスで、これは「フォードが当局に規制緩和を求め、それが実現し、従来の「シールドビーム型ヘッドライト」ではなく、デザインチームが開発した「フラッシュ(埋め込み型)コンポジットライト」を採用したアメリカでの第一号車」。
つまりここにヘッドライトのデザインにおける自由度がはじめて誕生し、リトラクタブル/ポップアップヘッドライトを採用せず、車体に合わせて専用にデザインされ、かつ最新の技術によって可能となった最適な照射角度を持つヘッドライトの普及に向けて動き出すこととなっています。※当時、アメリカは自動車の最大市場であったため、アメリカの法規を無視したクルマづくりはできなかった
ただ、これはひとつの(しかし大きな)理由に過ぎず、リトラクタブル/ポップアップヘッドライトが姿を消すには他の理由がいくつか存在し、まずは「信頼性やコスト、重量」といった問題。
リトラクタブル/ポップアップヘッドライトは常に「気まぐれで壊れやすい装置」であって、動作には電動モーターやバキュームポンプ、小さなレバーやヒンジといった複雑な機構が必要であったために故障が多く、故障が発生すると、片目だけ開いた「ウィンク状態」になったり、常にライトが開いたままになったりすることが頻発したり。
そしてもちろん生産コストが高く、スポーツカーの場合だと「(複雑なので)重い」リトラクタブル/ポップアップヘッドライトをフロントオーバーハング、しかも高い位置にこれを配置するというのはある意味で致命的。
それでも代替技術がすぐに普及したわけではなく(ランボルギーニがディアブロへとフェアレディZのヘッドライトを採用したのも、自社での開発が困難だったからである)、1990年代半ばまではスポーツカーやエキゾチックカーに採用され続け、しかしそこで生じたさらなる(リトラクタブル/ポップアップヘッドライト廃止の)理由が”1998年にEUが施行した「歩行者安全基準」”。
これは突起やデイタイムランニングランプ(DRL)の義務化などを含む包括的なものであったとされますが、リトラクタブルヘッドライトの「突起」が危険視され、そしてDRLを常時点灯するとなると常にリトラクタブル/ポップアップヘッドライトを開いておかねばならず、この新しい基準によって「事実上」リトラクタブル/ポップアップヘッドライトの生きる道が閉ざされたと言われています。
一方、アメリカはこの基準とは無関係であったため、欧州よりも長くリトラクタブル/ポップアップヘッドライトが継続されていますが、シボレー・コルベット(C5)とロータス・エスプリ V8が「最後のリトラクタブル/ポップアップヘッドライト装着車」であったというのが通説です。
そしてこの後は細く尖ったコンポジットライトや、BMWのエンジェルアイ(イカリング)に代表される”独立して機能する””デイタイムランニングランプ、HIDライトやレーザーライトが登場し、そしていまではLEDライトが主流となり、さらにデザインや機能が多様化しているというのが現状です。
上述の通り、リトラクタブル/ポップアップヘッドライトの消滅には複数の要因が絡んでいるものの、突き詰めれば「歩行者安全基準の強化」と「デザインの変化」が最大の理由だといえ、そして「デザイン」という点においては「スプリットヘッドライト」など新たなトレンドが発生していて、これからもまだまだヘッドライトは進化を続けるのかもしれません。
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参照:Jalopnik