
| 「一昔前の起業の方法」はもはや現代では非常にリスクが大きい |
そして失敗したときのダメージも甚大である
さて、最近の「物価の高騰(インフレ)」に関して思うのが「なにかを新しくはじめることに対するハードルが上がってしまったな」ということ。
たとえば、ちょっと前だと「脱サラしてラーメン店」「独立して移動式パン屋」「退職金で蕎麦屋」をはじめるというった新しい人生の選択肢があったものの、最近ではなにもかもコストが高くなってしまい、店舗を借りるお金、資材を揃えるための必要経費などが「個人がちょっと頑張って貯めればなんとかなる」範囲を超えてしまったんじゃないかとも考えているわけですね。
仮にお金を調達できたとしても、失敗したときの被害は甚大なものとなってしまい、そのダメージもまたちょっと前とは比べ物にならないレベルなのかもしれません。
ボクらは閉塞感の中に生きている
こういった状況について思うのは、「かつてのような夢や希望が失われてしまった」ということで、辛い現状から脱出するための手段が非常に少なくなり、あるいは希望を絶たれてしまったという事実を意味するのでは、ということ(物価上昇率に対して所得の上昇する度合いが低い)。
日本は先進国中だと「起業率」が著しく低いとされ、その理由は「どんどん絞られてしまう可能性」がその一因なのかもしれませんね。
そして他の要因としては、「(日本は)自分でビジネスを始めなくてはならない必要性がないこと」にあるのだとも思われ、なんだかんだ言いながらぼくらの生活がある程度保証されており、「普通に仕事をしていれば普通に生きて行ける」からなんじゃないかとも考えています(なにか限定商品が発売されたとき、それを手に入れるために長い時間をかけて並ぶ様子などを見ていると、「時間=お金」という概念が感じられず、ある意味での「平和」を感じる)。

ただし「現代ならでは」の可能性も
しかしながらもうひとつ考えるのは、「現代ならではの可能性が生じた」こと。
どういうことかというと、たとえば大きな設備投資を行う前にクラウドファンディングにて「反応を見て」みたり、様々な手法を通じてポテンシャルカスタマーにリーチできるようになったということで、これらは「アナログな時代」では不可能というか「考えることすらできなかった」手段です。
さらにはインフルエンサーといった「新しい」生き方、そしてお金の稼ぎ方も登場していて、これは「手元資金がなくても」自分の努力とアイデア次第で自分の人生を切り開くことができる手段でもあり、まさに今の時代ならではの「チャンス」というわけですね。
そしてもうひとつ重要なのは「チャンスをチャンスだと見極める能力がこれほどまでに要求される時代はほかにない」ということ。
たとえば、同じものを見たり聞いたりしたとき、Aという人はその情報を加工してSNSにアップしてお金を稼ぐかもしれませんが、Bという人は「へえーそうなんだ」で終わってしまうかもしれません。

あるいは、中東情勢が悪化したとして、Aさんは「さらに株式相場が下がると考えて保有する株式を全部売ってしまう」かもしれませんが、Bさんは「下がった相場はまた上がると考えて株式を買い増しする」かもしれません(トランプ大統領の発言も同じで、何らかの発言によって株式相場が下がったとしても”また戻る”ことが多く、よってトランプ発言をチャンスと捉えることも可能である)。
つまり、「情報は皆に均等かつ平等ではあるが、そこから起こすアクションは人それぞれである」ということで、ここが一つの人生の分かれ目というわけですね。
いつの世もチャンスは自分で掴むしか無い
そう考えるならば、「一昔前の」独立の手法は時代と環境の変化によって消え去ってしまい、いまの起業はまた「新しい時代の方法」によって行われるべきということになりますが、現在「お金を稼ぐチャンス」はかつてに比べると同時多発的に多様化しており、「その気がある人」にとっては今まで以上に有利になったんじゃないかという印象も。
ただ、いずれにせよ「チャンスをチャンスだと捉えることができるかどうか」「チャンスを活かせるかどうか」はその人次第であるのは間違いなく、これはいつの世であっても不変の事実なのかもしれません。
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