
Image:Rolls-Royce
| 欧州での別荘地といえばやはり「南仏」である |
そして南仏にはロールス・ロイス創業者が建設した邸宅があった
世界最高峰の自動車ブランド、ロールス・ロイス。
その共同創業者であるサー・ヘンリー・ロイスが、晩年の冬を過ごしたフランスのリビエラ(コート・ダジュール)にブランドの創造性を支えた特別な場所があるといい、その名は「ル・ロシニョール(Le Rossignol)」。
フランス語で「サヨナキドリ(ナイチンゲール)」を意味するこの邸宅は、ヘンリー・ロイス個人の別荘にとどまらず、ロイスが信頼する設計者たちのために私費を投じて建設した「創造の聖域」だったのだそう。
「ル・ロシニョール」3つの重要ポイント
- 故郷へのオマージュ: 名前の由来は、ロイス自らが設計したダービーの「ナイチンゲール・ロード工場」。フランスの地で故郷の誇りを称える
- 職住近接の先駆け: ロイスの別荘「ヴィラ・ミモザ」、設計スタジオ「ル・ビュロー」、そして設計者が住む「ル・ロシニョール」の3棟で構成
- 妥協なき「学び」の場: 休暇中であっても「娯楽の時間はない、常に学ぶべきだ」と説いたロイスの執念が、究極のクルマ作りを支える

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なぜ南仏が「ロールス・ロイスの聖地」となったのか?
1911年、ダービー工場の設立という激務の後に休養で訪れたル・カナデルの丘。
ロールスロイス創業者、ヘンリー・ロイスはその美しさに魅了され、ここに自らの邸宅「ヴィラ・ミモザ」を建てることを決意するのですが、しかし完璧主義者の彼は休暇中でも仕事を止めることはなく、結果的にこの邸宅は「さらなる創造性と完璧を求めた仕事の場」となったのだそう。
「ル・ロシニョールは、アイデアが形作られ、テストされ、磨き上げられる場所でした。ロイスが自ら設計した工場への敬意を名前に込めたことは、彼とクリエイティブチームとの深い絆を物語っています。その精神は、現代のロールス・ロイスにも息づいています」
ロールス・ロイス デザインディレクター ドマゴイ・ドゥケック

「ル・ロシニョール」が象徴するロイスの哲学
この邸宅には、ヘンリー・ロイスの人間性とエンジニアとしての執念が刻まれているといい・・・。
エピソード1:音楽よりも「フランス語レッスン」
ある時、ヘンリー・ロイスに招かれたエンジニアが「レコードを聴こう」と誘われたそうですが、優雅な音楽の夕べを期待した彼に手渡されたのは、フランス語レッスンの録音盤。困惑する客人に対し、ヘンリー・ロイスはこう言い放ったといいます。「余暇などない。一刻も惜しんで学ばねばならない」。※昔のイギリスの上流階級では、フランス語を嗜むことが重要な教養の一つだとみなされていたようだ
つまるところ、この邸宅は「別荘」というよりは、エンジニアを体よく缶詰にするための施設だったのかもしれません(よって、ここに招待されるということは、エンジニアにとってある種の苦痛であったのかもしれない)。
エピソード2:追い越されることを許さないプライド
病に伏し、緊急手術のためにイギリスへ戻る道中でもヘンリー・ロイスの情熱は衰えなかったといい、部下が運転するロールス・ロイスを追うクルマが現れると、彼は「ロールス・ロイスが追い抜かれてはならん!」と加速を命じたのだそう。
しかし、追いついてきたのが自社製品(つまりロールス・ロイス)だと気づくと、「案ずるな、我々のクルマだ」と安堵したという逸話が残っています。
ヘンリー・ロイス個人の人となりに関するエピソードはそう多くは残っておらず、しかしこれは数少ない彼の性格を示す逸話でもあり、察するに彼は自社製品に対して相当な誇りを持ち、自社製品を進化させることに寸暇を惜しんだ人物ということに。

「ル・ロシニョール」の構成と役割
| 建物名 | 意味・役割 | ロイスの意図 |
| ヴィラ・ミモザ | ロイスの私邸 | 療養と生活の拠点。 |
| ル・ビュロー | 設計スタジオ | アイデアを即座に図面化する場所。 |
| ル・ロシニョール | 設計者の宿舎 | ロイスのそばに設計者を住ませ、ビジョンを即座に共有。 |
現代に続くレガシー:静寂の中の情熱
1933年にロイスがこの世を去るまで、リビエラは彼のサンクチュアリ(聖域)であり続け、「ル・ロシニョール」という名前は単なる工場の地名へのオマージュではなく、それは「静寂の中でアイデアを練り、テストし、完璧を追求する」というロールス・ロイスのモノづくりの原点を象徴しています。
今日、ぼくらが目にするロールス・ロイスの静粛性と気品。そのルーツの一つは、100年以上前の南仏の太陽と、ロイスが設計者たちと共有した「ル・ロシニョール」でのストイックな(そして厳しすぎる)日々にあったというわけですね。
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