
| ときには「採算度外視で」前に進まねばならないことがある |
そして未来を作るのはこういったチャレンジである
現在でこそ「GRヤリス」や「GRスープラ」など、世界中で熱狂的なファンを持つスポーツカーをラインナップするトヨタ。
しかし、同社が本格的なスポーツカー開発の原点に選んだアプローチは決して簡単なスタートではなく、1960年代後半、欧米の強豪メーカーに追いつき追い越すべく生み出されたのが「トヨタ 2000GT」。
そしてこの2000GTは、ポルシェ並みの強気な価格設定にもかかわらず「1台売るごとに大量の赤字が出る」と言われるほどのコストをかけたマシンであったことでも知られます。
なぜトヨタは利益を度外視してまで2000GTをつくりあげたのか。その開発秘話とモータースポーツでの栄光、そして現代のGRブランドへ流れるスポーツカーの哲学について考えてみましょう。

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【この記事の要約】
- 1台売るごとに赤字を出した伝説の国産スーパーカー:1967年に登場した「トヨタ 2000GT」は、開発費やヤマハ発動機への委託費、ハンドメイド生産の手間から、売れば売るほど赤字になる「美しき財政的惨事(Financial Disaster)」であった。
- 欧州の強豪をベンチマークにした妥協なき設計:ジャガー Eタイプやロータス エラン、ポルシェ 911を徹底研究し、ヤマハとの共同開発で誕生した直列6気筒DOHCエンジン(150馬力)を搭載。
- 世界記録の樹立と007ボンドカーとしてのプレゼンス:谷田部での72時間耐久走行試験で数々のFIA世界速度記録を塗り替え、映画『007は二度死ぬ』にも特製ボンドカーとして抜擢。世界に「日本の技術力」を決定づけた。
- 現代の「GRブランド」と次世代「GR GT」へ受け継がれるDNA:コスト度外視で理想を追った2000GTの挑戦精神は、後のセリカやスープラ、そしてレクサス LFAや現代のGRモデル、開発中の次世代フラッグシップ「GR GT」へと受け継がれている。

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「エコノミーカー」からの脱却:ヤマハとのタッグと欧州強豪の徹底研究
1950年代末、満を持してアメリカ市場へ進出した「トヨペット・クラウン」ではありますが、ハイウェイでの高速巡航に耐えきれず「性能と品質」が欠如していると指摘されてしまい、そこでトヨタ経営陣が痛感したのが「信頼性の向上だけでなく、”トヨタ”というブランドのイメージそのものを根底から変える必要性」。
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同じ頃、日産との共同開発計画が白紙となって新たなパートナーを探していたのがヤマハ発動機であり、そこで「高性能エンジンの開発ノウハウを持つヤマハと、自社のイメージリーダーを求めていたトヨタ」との思惑が合致することで奇跡のプロジェクトが始動することに。※当時から日産は「協業」を嫌っていたようだ。もし当時日産とヤマハが組んでいたら日本の自動車史はまた別のものとなっていたであろう
そこでまずトヨタの技術陣は世界中のスポーツカーを購入し徹底的に研究したといい・・・。
- ジャガー Eタイプ:美しいロングノーズ・ショートデッキのエクステリアデザインの着想源
- ロータス エラン:バックボーンフレーム構造の参考
- ポルシェ 911:走行性能および速度記録における絶対的なターゲット
こうして誕生した2000GTは、ヤマハ製の2.0L 直列6気筒DOHC(150馬力)と5速マニュアルトランスミッションを組み合わせ、世界基準として見たときにも遜色ない動力性能を獲得したというわけですね。

トヨタ2000GT:車種概要
トヨタ 2000GT スペックと偉大な金字塔
トヨタ 2000GT 基本スペック
| 項目 | スペック・詳細 |
| エンジン | 2.0L 直列6気筒 DOHC(3M型) |
| 最高出力 | 150 hp @ 6,600 rpm |
| 最大トルク | 175 Nm @ 5,000 rpm |
| トランスミッション | 5速オールシンクロ・マニュアル |
| 駆動方式 | FR(フロントエンジン・後輪駆動) |
| 車両重量 | 約 1,120 kg |
| 最高速度 | 220 km/h |
| 総生産台数 | 351 台(試作車・レース車両含む) |

モータースポーツと「007」ボンドカーでの躍進
1965年の東京モーターショーでデビューした2000GTは1967年の市販化までにサーキットやテストコースで圧倒的なパフォーマンスを示しており・・・。
- レースでの勝利:1966年の鈴鹿1000kmレースで初優勝、1967年の第1回富士24時間レースでは1-2フィニッシュを達成。
- 谷田部での世界記録樹立:1966年10月、茨城県の谷田部高速試験場で行われた72時間スピード試走会において、台風の暴風雨の中、平均速度207.2km/h(128.76 mph)を維持。10のFIA世界記録と3つの国際記録を更新する。
- 映画『007は二度死ぬ』:主演のショーン・コネリーの体格(高身長)に合わせて急遽ルーフを切り落とした特製のオープンカー仕様が製作され、世界中のスクリーンで脚光を浴びる。
1台売るごとに赤字となった「プレミアムの壁」
しかし市販車としてのビジネスは過酷なもので、当時のアメリカでの販売価格は6,800ドル(国内価格約238万円、当時の大卒初任給の90倍に相当)に設定され、これは当時のクラウン2台分以上であり、アメリカ市場ではジャガー Eタイプより約1,500ドル高く、ポルシェ 911 Sと同等という高額設定。

それでも熟練工の手作業による生産工程、ヤマハへの開発委託費、モータースポーツへの投資なども重なり、「1台売るたびにトヨタは損失を出していた」と伝えられており、1967年から1970年までに生産されたのはわずか351台にとどまります。
商業的には採算が取れなかった2000GTではありますが、世界に「日本にも世界最高峰のスポーツカーが存在する」ことを知らしめたという意味においてその価値は「損益だけでは」測定することができず、そしてトヨタのブランドイメージを大きく向上させたという観点からも「いかに損を出したとしても、その存在意義が十分に(あるいは十分すぎるほど)あった」のだとも考えられます。
セリカ、スープラ、LFA、そして「GR GT」へと受け継がれる遺伝子
2000GTの生産終了後、トヨタはより手頃で大衆に親しまれるスポーツモデルへと舵を切り、1970年代に登場した「セリカ」、そしてそこから派生して直6エンジンを積んだ「セリカ・スープラ(後のスープラ)」は、2000GTが切り開いたスポーティなイメージを市販車として結実させ大成功を収めます。※安価なスポーツカーへとシフトしたのは、「2000GTが十分な役割を果たし、次の段階へと移行する」という計画済みの行動だったのかもしれない
さらに2010年代、プレミアムブランドであるレクサスがリリースしたスーパーカー「LFA」は、ヤマハマリン&音響部門とのコラボレーションやコスト度外視にて開発されたV10エンジン、オーバーエンジニアリングと言えるほどの精度を持つドライブトレーンなど、まさに「現代の2000GT」そのものと言えるストーリーを描いたことでも知られていますね(やはりLFAも売るたびに赤字が拡大した採算度外視のクルマであったと言われている)。
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現代の他社コラボレーションと次世代フラッグシップ「GR GT」
現在の「Gazoo Racing(GR)」も、かつての2000GTで培った「共同開発」という知恵を活用しているとも考えられ・・・。
- スバルとの共同開発:手頃なFRスポーツ「GR86」を実現
- BMWとの共同開発:直6DOHCの伝統を継ぐ「GRスープラ」を復活
そして現在、トヨタが開発を進めているとされるモータースポーツ直系のフラッグシップモデル「GR GT」は、ロングノーズ・ショートデッキの美しいシルエットを持ち、ツインターボV8エンジンとハイブリッドを組み合わせた「現代最高峰の」ハイパフォーマンスマシンになると期待されており、2000GTが打ち立てた「妥協なき挑戦」の精神は、半世紀以上の時を経て、現代のGRモデルの血肉として力強く脈打っているというわけですね。
さらには2000GTが確立した「まずは”ずば抜けた性能のスポーツカー”を作ってその存在をアピールし、一定の評価を得た後に量販モデルへと移行する」という黄金のビジネス的方程式をなぞらえていると考えることも可能です(その意味だと、LFA、GR GTは2000GTと同様の役割を持つ、正当な2000GTの後継ともいえるクルマである)。
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Image:Toyota
なお、トヨタがスポーツカーに注力するのはかつて2000GTが、(当時の)トヨタの「安価なファミリーカーばかりを作っている極東の新興自動車メーカー」というイメージをひっくり返したということを身を持って体験したからにほかならず、「たとえスポーツカーは”単体で”儲からなくとも、会社の未来を切り開いてくれる」と信じているからなのかもしれません(そしてトヨタは、儲からないスポーツカーから黒字を生み出す方法を身に着けている)。
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結論
トヨタ 2000GTは、財務上のデータだけを見れば「赤字を出した失敗作」に見えるかもしれません。
しかし、この美しき挑戦がなかったならば、世界が日本の自動車産業をこれほど早く認めることも、のちのスープラやLFA、そして世界を熱狂させるGRブランドの誕生もなかったとも考えることが可能です。
一見すると無謀に思える理想への投資こそが未来のブランド価値を創り出す。トヨタ 2000GTが遺した伝説は、今なおクルマ好きの心を惹きつけて止むことはなく、その挑戦こそが2000GTの持つ「本当の価値」なのかもしれませんね。
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