
| V8エンジンの常識を覆す「レーシングサウンド」 |
レーシングカーとロードカーとの境界はますます曖昧に
現代の自動車業界におけるハイパワー競争は激化の一途をたどっていて、そのため「かつてはレーシングカーのみにしか採用されていなかった」技術が(パワー追求のため)市販車にも使用されるようになってきているというのが昨今の状況です。
実際のところフェラーリ296GTB / 296GTSに採用されるV6エンジンがルマン・ハイパーカーである499Pと共通性を持っていたり、ランボルギーニ・テメラリオのV8エンジンもまたSC63と多くを共有するなど「ますます競技用車と公道走行車」との関係性が近くなっているという事実も存在するのですが(ちょっと前だとこういった事実は考えることも難しかった)、「レーシングカーからフィードバックを受けたパワートレーン関連技術」の代表格は”フラットプレーンクランクV8”かと思います。
「フラットプレーンクランク V8」エンジンとはなんぞや
このフラットプレーンクランクV8エンジンそのものは新しくはないのですが、ごく一部を除くと市販車に用いられるようになったのは「ここ最近」。
フラットプレーンV8から響き渡る甲高いレッドラインの咆哮は多くの車愛好家を熱狂させることでも知られ、しかしこれは意図的に調整されたサウンドエフェクトではなく、このサウンドは高回転・高出力を追求するために生まれたレーシングエンジンの本質によるものです。
しかし、「ハイリターンにはハイリスクが伴う」のがレース用エンジンの世界でもあり、フラットプレーンクランクV8には、その驚異的な性能と引き換えに、克服すべき固有の課題が存在し、ここでは、フラットプレーンV8の構造的な秘密へと踏み込み、その比類なきメリット、そして市販車として利用する際に避けられないデメリットについて見てみましょう。
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要約:フラットプレーンV8エンジンの特徴
- 構造の秘密: クランクシャフトのピンが180度の単一平面上に配置される(断面が平ら)。一般的なV8は90度間隔の「クロスプレーン」構造
- サウンド: 左右のシリンダーバンクで180度ごとに爆発が交互に起こる(L-R-L-R)ため排気干渉が起きず、レーシングカー特有の鋭い、甲高い排気音を発生
- メリット: 軽量なクランク構造(カウンターウェイトが不要)、優れた排気効率、そして高回転域での高出力ポテンシャル
- デメリット: クロスプレーンV8に比べて振動(二次振動)が大きく、低回転域でのトルクは(短いストローク設計のため)低くなる傾向がある。補機類にも振動を伝え、車体全体の耐久性を落とす可能性が考えられる
- 主な採用例: フェラーリV8モデル、ランボルギーニ・テメラリオ、フォード(マスタング GT350/GTD)、シボレー(コルベット Z06/ZR-1)、メルセデスAMG GTブラックシリーズ、マクラーレンV8モデル(12Cから750Sまで)、アストンマーティン・ヴァルハラなど
クロスプレーンV8との決定的な構造の違い
V8エンジンには大きく分けて「クロスプレーン」と「フラットプレーン」の2種類のクランクシャフト設計が存在しますが、このクランクの形状こそがエンジンの特性、サウンド、そして性能を決定づけます。
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【クロスプレーン V8 (Cross-Plane V8)】
- ピンの配置: クランクピンが中心線に対して90度間隔で配置されており、真正面から見ると「十字(クロス)」に見える
- 特徴: 重いカウンターウェイトが必要だが、振動を打ち消すバランスに優れるため、スムーズで高トルクを発揮する。多くのアメリカ車や一般的なV8エンジンに採用される
【フラットプレーン V8 (Flat-Plane V8)】
- ピンの配置: クランクピンが180度の単一平面上に配置されており、正面から見ると「平ら(フラット)」に見える
- 特徴: 構造的に2つの4気筒エンジンを結合したようなもので、左右のバンクで180度ごとに爆発が交互に起こる
フラットプレーンV8の驚異的なメリット(なぜレーシングカーに選ばれるのか)
フラットプレーン設計はその特異な構造により、特に高回転域でのパフォーマンスにおいて圧倒的な優位性を持っています。
そして「低回転が苦手、高回転が得意」という特性において、低回転・低速域をエレクトリックモーターに担当させV8エンジンそのものは高回転へと特化することで「ガソリンエンジン単体では実現し得なかった」パフォーマンスを引き出すことが可能となり、ハイブリッドシステムとの相性がいい構造であるとも考えられます。
1. 比類なき排気効率とサウンド
爆発がL-R-L-Rと交互に、180度という等間隔で発生するため、排気ガスが均等なリズムで排出される
- ヘッダーチューニングの容易さ: この均等な排気パルスにより、エキゾーストシステム(エキゾーストマニホールド)の設計が非常に容易になり、排気効率(スカベンジング)を最大限に高めることが可能
- 音楽的なサウンド: このL-R-L-Rの規則的な排気音が、フラットプレーンV8特有の「レッドラインでは叫ぶ」ような甲高い、切れ味鋭いサウンドを生み出す
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2. 軽量化と高回転ポテンシャル
フラットプレーンクランクは、バランスを取るための大型カウンターウェイトをほとんど必要としない
- 回転質量(慣性)の低減: クランクシャフト全体が軽くなるため、回転質量(Rotational Mass)が大幅に減少し、エンジンはより素早く回転数を上げ、高回転域を維持しやすくなる
- 高出力化: エンジン出力(馬力)は回転数に大きく依存するため、高回転特性を持つフラットプレーンは、短いストロークと組み合わせることで、最大限の馬力を引き出すのに最適
市販車での妥協点:振動とトルクの課題
こうやって見るとフラットプレーンV8のメリットは非常に魅力的で、「採用しない理由はない」とも考えられるほどではありますが、市販車として利用する際には、構造に起因するいくつかの、そして「致命的な」デメリットを考慮する必要があり、これらが障壁となって多くのモデルでの「フラットプレーンクランク採用」が見送られています。※つまり、多くの場合においてデメリットがメリットを凌駕する
1. 避けられない振動(二次振動)
クロスプレーンV8が持つ、ピストン上下運動による振動相殺効果をフラットプレーンは持っていない
- 二次振動の発生: 特にコネクティングロッドがクランクの回転に伴い左右に動く際、バランスの乱れから「二次振動」が発生しやすい。この振動は「市販車に求められる快適性」を損ない、かつ振動によってエンジン本体、周辺機器の耐久性を著しく低下させる
- 対策: この振動はエンジンの排気量を小さく保つことで部品の重量を抑え、問題の悪化を防ぐのが一般的である(近年のコルベット Z06のような大排気量V8では、高度なバランシング技術を用いてこの課題を克服している)
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2. 低回転トルクの低さ
高回転・高出力を実現するため、フラットプレーンV8は通常、「オーバースクエア(ボア径>ストローク長)」のショートストローク設計を採用している
- トルク特性: ストロークが短いと、シリンダー内のピストン速度が遅く、燃焼エネルギーを回転に変換する力が弱くなるため、低回転域でのトルクが出にくくなる
- トレードオフ: 粘り強いトルクによる発進加速や日常的な扱いやすさを求める場合、フラットプレーンは最適な選択肢とは言えない
結論:フラットプレーンは「性能と魂」の象徴
フラットプレーンV8エンジンは、「高回転、高出力、そしてエモーショナルなサウンド」を最優先する「真のパフォーマンス・スローガン」。
しかしながら「振動が大きく耐久性が低い」ため、乗り心地が考慮されず、耐久性を犠牲にしてでもパフォーマンスを獲得したいレーシングカーにこそ向いている形式であり、「乗り心地や耐久性」が重視されるロードカーには「全く不向き」。
よって、「それでもフラットプレーンクランクV8を採用するモデル」はその思想がレーシングカーに近いということを意味しており、デメリットを承知の上でこれを用いているということに。
そしてそのデメリットは一般的に「許容できる範囲」を超えていて、よって(前世代の)マセラティはフェラーリからV8エンジンの供給を受けながらも「フェラーリのフラットプレーンに対してクロスプレーン」へと変更されたユニットを使用しており、メルセデスAMGは「V8ツインターボ」を広く使用しながらもフラットプレーンクランクを採用するのはAMG GTブラックシリーズが「初」、C8コルベットでもV8エンジンを全車採用しつつもフラットプレーンクランクを持つのはZ06とZR1のみ、そしてマスタングでも2015年の350GTそして現行モデルのGTDのみ。
さらにBMWやポルシェはこれを採用せず、ランボルギーニでもV8エンジンを搭載するウルスはクロスプレーン、そしてテメラリオのみがフラットプレーンクランクを採用しています。
こうやって見ると「いかにフラットプレーンクランクを用いることが難しいか」がわかるかと思いますが、これは技術的に難しいというものではないので(ただしエンジンの振動から補機類や車体を守るための技術は必要)、これを採用するかどうかは「その自動車メーカーの覚悟の問題」と言ってよく、この覚悟が「フラットプレーンがもたらすレーシングカーのDNAを市販車にどこまで落とし込めるか」を決めるのだということになりそうです。
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参照:CARBUZZ





















