試乗車はボクスターGTSにスポーツシャシー、スポーツエグゾーストの入った硬派な仕様。
室内には「GTSコミュニケーションパッケージ」が装着されており、ブラックのアルカンターラとレッドのステッチとのコントラストが絶妙なダッシュボード等が目を引きます。
ステアリングとシフトノブもアルカンターラ仕上げとなり、見た目からして相当にレーシーですね。
また、このパッケージにはツートンカラーのシートベルトも含まれ、これは非常にオシャレ。
これらの仕様はポルシェ本社の決定によるもので、おそらく全国のディーラーに配備されているのはこれと同じキャララホワイト・メタリックのボディカラーと赤い幌、グロスブラックのホイールを持つ個体かと思います。
ポルシェ・ボクスターGTSのスペックとしては、出力330馬力、0−100キロ加速はわずか4.9秒。
最高時速は279キロですが、これはパワーの限界というよりはギアリングの限界で、7速の中に刺激的な加速とポルシェならではの伸びの良い加速を楽しめる設定になっているのだと思われます。
通常モデル(ボクスターもしくはボクスターS)との外観上の差異はフロントバンパーの形状、リアディフューザーの形状、ホイール、そしてテールランプのカラー。
これだけでも相当に雰囲気が変わり、どこかしらユルさを伴うボクスターを一気に武闘派に仕立て上げています。
さて、リモコンでロックを解除して室内に乗り込みますが、ここまではいつも乗り慣れたボクスターと同じ。
ドアを閉めたときにその音の差があるように思われ、これは911のような、よりしっかりした音になっています。
もしかするとボディそのものの剛性が上がっているのかもしれませんね。
これはボクスターGTS特有のものなのか、モデルイヤーごとの変更で剛性が向上したのかは不明。
ただしポルシェについてはアナウンスがなくとも確実に車が進化しており、997世代の911でも、のちにカブリオレが登場したときにボディ剛性向上のためドアのストライカーが追加になり、このストライカーはその年度から他のモデルにも装備されるようになるなど、新しいモデルで取り入れた改良点は他モデルに反映させるのがポルシェの流儀ですので、おそらくは現在のボクスターは皆このような剛性の高いドアの閉まり方をするのだと思います。
通常モデルとは異なるアルミ製ブレーキペダルを踏んで(微妙にアクセルペダルとブレーキペダルの間隔が狭くなっているような気も明日が定かではない)キーを捻り、エンジンを始動させますが、エンジン始動音はぼくのボクスター(2.7L)に比べて大きく、しかしクリア。
これはスポーツエグゾーストに起因しているのかもしれません。
音は大きいものの上質な音で、981ボクスターやボクスターSのやや「ガラガラ」というような、ちょっと下品な音とは異なる印象です。
なお、ポルシェ911(997)ではこのガラガラという音が大きく、価格に見合わない音で、そしてやはり同様に感じる人も多かったのか、997では後期モデル(マークII)でこのガラガラ音はかなり改善されています。
もちろん981ボクスターも同様にこの音は改善されているのですが、ぼくの2012年モデルではまだ少し、このガラガラ音が残っているような感じです。
シートやミラーを合わせ、操作系はもう慣れているので早速ギアをDレンジに入れて車を出しますが、ここでは例の「ボリボリボリ」という、パラレルジオメトリ起因の音がフロントタイヤから出ないことに気づきます。
これはジオメトリが変更されたのか、はたまたタイヤの銘柄によるものかどうかは不明(ピレリPゼロの場合、その音が特別に大きいのかもしれない)。
車を車道に出して流れに乗せますが、ハンドリングがボクスター2.7Lに比べてずいぶん正確になり、中立がしっかりしているようです。
慣れたボクスターといえども、まだタイヤが暖まっていないので(ミドシップはタイヤが暖まっていないと簡単にスピンすることがある)慎重に走らせますが、それでもエンジンの素晴らしさが十分に伝わってきます。
なお、ウインカーのタッチも改善されており、997・987世代のウインカーの特徴である、操作時に「バキっと何かが折れたような音」がするタッチを引き継いだ、しかしそれでも改善された991・981登場初期のウインカーレバーの操作感がさらに改善され、ようやく普通(具体的に言うとVWのレベル)にまで達しています。
これで助手席の人から「今何か折れなかった?」と言われることもなくなりそうですね。
車が少なくなり、タイヤも暖まってきたところでアクセルをぐっと踏みますが、素晴らしい加速と安定感をもって車速がどんどん伸びてゆきます。
レーンチェンジの際も車が揺れることなく、滑るように動くのはポルシェならでは。
急加速やレーンチェンジでは991よりも安定性が高いように思いますが、これは多分にスポーツシャシーの影響もあるのでしょうね。
そして、これと引き換えに不整路ではけっこうな突き上げを食らいます(それでもゴツゴツした感じではない。十分日常の足として満足出来るレベル。低速での段差越えは通常のサスペンションと印象に大差はない)。
そして加速とともに轟音とも呼べるレベルの排気音が気分を盛り上げます。
991・981世代よりスポーツエグゾーストの音量がそれまでに比べて大きくなっており、室内にもある程度音が入るようになっています。
当然ですが今流行のバブリングもあります。
ただしポルシェのバブリングはランボルギーニやジャガーに比べると控えめで、余程の高回転からでないと室内で窓を閉めきっているとわからない程度の音量です。
ちなみにミドシップは音が車内にこもりがちで社外マフラーに交換するとけっこう不快になるのですが、さすが純正のスポーツエグゾーストはそんなことはなく、普通に走っていると、もしかするとぼくの2.7Lボクスターよりも静かなんじゃないかというレベル。
振動やロードノイズも少ないようなので、もしかすると各部の制振や遮音のレベルが年度に従い向上しているのかもしれません。
トランスミッションは同じPDKながらも制御が向上しているのか、ぼくの981ボクスターよりも変速ショックが少ない印象です。
それは加速時よりも減速時に感じられ、2速→1速、そして停止という場面においてのギクシャク感が減っています。
ぼくは日常ボクスターを使用していますので、ポルシェ・ボクスターGTSのインプレッション、というよりはボクスターとどう違うのか、というインプレッションにはなってしまいますが、具体的には下記の通り(中にはボクスターGTS固有というよりは年度ごとの改良によって達成されていることもあると考えられる)。
・ボディ剛性がかなり向上しているようだ。ドアの閉まる音などが異なる
・同様にボディ剛性が高くなっているのか、内装のきしみ音が無い
・ウインカーのタッチが良くなり高級感が増した
・静粛性も増している。オープンを意識させないレベル
・ステアリングレスポンス、アクセルの開度に対するレンスポンス、正確さなど全てがボクスターより一段か二段上
・PDKの制御が向上している?下のギアでの変速が滑らかに
・スポーツエギゾースト、スポーツシャシー装着ながらも乗り味、乗り心地としては高級感すら感じる上質さすら感じる
なお、ボクスターとボクスターSではけっこう乗り味が違います。
ボクスターとボクスターSはエンジンの排気量以外は大きな差異は無いのですが、正直なところ全然別の車じゃないかというくらい差があり、もちろんこれはポルシェの意図するところです。
ボクスターは非常に軽快で車の挙動を感じやすくなっており、ピッチング、ロールを許容するようなセッティングで、「いかにもライトウエイト・スポーツ」というイメージ。
乗り手のラフな操作も許容するユルさというか、意図的な曖昧さも持っています。
ボクスターSはライトウエイト・スポーツというよりはGTカーのような印象で、比較的安定志向で、重厚とも言える乗り味です。
そして、そのユルさと曖昧さはより小さくなり、正確性が増す印象があります。
同じ部品を使っているのにここまで差を出せるのは、ポルシェが「どこをどうすれば、どういった差が出る」ということを熟知している証とも言えますね。
逆に国産車とくにトヨタではエンジンやパッケージング、部品が全然違うのに、なぜか同じ乗り味になってしまうところがあり、ここは車作りのノウハウの差としか言いようがありません。
そしてポルシェ・ボクスターGTSはボクスターSよりもさらに安定していながらもボクスターよりも軽快で、さらには911のような切れ味を持っていると思います。
ボクスターGTSになると、もはや2.7L版ボクスターで感じるユルさ/曖昧さは無く、ボクスターSで感じる正確さも通り越し、精密機械のようなキッチリした工業製品である、という印象が強くなる、と感じました。
言うなれば「ミドシップ版ポルシェ911」と言えるような精密さ、正確さ、堅牢さを持っており、いかなる状況でもドライバーの操作に鋭く反応する、といった印象です。
そこには曖昧さやラグ・遊びは存在せず、しかし神経質になる必要のない安定感も感じることが出来ます。
ボクスターGTSは価格だけ見ると非常に高価ではありますが、実際に運転してみるとその(ボクスター、ボクスターSとの)価格差も「納得」であり、”買い”と言える一台と言えるでしょう。
様々な車を運転しましたが、この価格でこれだけのパフォーマンスという車は記憶に無く、強いて挙げるならばジャガーFタイプ。
ジャガーFタイプは雰囲気を重視しており、ボクスターGTSは切れ味に優れるという相違はありますが、仮にぼくがこの価格帯の車を探しているとすると、迷うのはこの2車ですね。
そしてボクスターGTSは911のスタンダードモデルより運動性能が優れていることは明らかで、ともすると911カレラSよりが優れているかもしれず、「ボクスター」という名称が与えられていなければ、「すごく安く感じる」車です。
ボクスターという(911の下に位置づけられる)車格が冷静かつ正確な価格的判断を邪魔しているわけで、たとえば「ボクスター」という名称を廃し、「GTSスパイダー」「GTSクーペ(ケイマンGTSのことです)」としてボクスター、ケイマンとは”別”にすれば金額をすんなり受け入れられるのかもしれません。
※ぼくの先入観があるのだと思いますが、ボクスターと名のつく車に(支払総額)1000万円以上、というのがパフォーマンスを抜きにするとすごく高く感じる
ただ生産台数が極端に少なく、手に入れたくとも手に入れることができないという状況ですし、ポルシェとしては全ラインナップに「GTS」を設定する意向なので、このままでも全く問題は無いのだと思います。
最後にちょっと驚いたのは、試乗した帰りに自分のボクスターに乗ったときの印象。
今まで正確でダイレクトだと思っていた自分のボクスターがとても曖昧で不安定に思えたのです。
ボクスターからボクスターGTSへ乗り換えた際にはこれほど大きく違いを感じなかったのですが、試乗を終えてボクスターGTSからボクスターに乗り換えたときにはその違いが明確に感じられたことが印象的でした。
もちろん「GTS」モデルという特殊性はあったのだと思いますが、基本的に毎年細かく改良を行っており、そのベースがあってこそだとも考えられます。
その意味でもやはり「最良のポルシェは最新のポルシェ」でもあるのでしょうね。
なお、試乗はつねに相対的な感覚に支えられていると考えており(市場対象車の前後に何を運転するかによってその印象や評価が大きく変わる)、よってぼくはいつも直接に比較する車に乗って試乗を行うようにしています。
これまでの試乗レポートは下記のとおり。
最新の試乗レポートはこちらにあります。