| この紳士協定はメルセデス・ベンツ、BMW、アウディの「ジャーマンスリー」にとってはありがたい存在である |
結果的に車両コストが抑えられ、ぼくらにもそのメリットが還元されている
さて、現代では技術の進歩によってSUVやセダンであってもスーパーカー(時にはハイパーカーでさえも)を凌ぐだけの出力を持つに至り、とくにEVではそれが顕著です。
一方、それらの高い馬力を誇るセダンやSUVの最高速は「ほぼ」250㎞/hに制限されており、これはちょっと奇妙な不整合だと言えるかもしれません。
これは主にドイツの(一部の)自動車メーカーが定めた「紳士協定」が大きく関連しており、ここでその紳士協定、そしてそのほかの副次的な「ハイパワーなクルマであっても最高速が250㎞/hに制限される」要因を見てみましょう。
「時速250キロ」紳士協定は今からおよそ30年前に登場
まず、この「最高速度を250㎞/hにとどめる」という紳士協定が登場したのは1980-1990年あたりで、当時は「ハイパワーなスポーツセダンやスポーツワゴンが登場しはじめた」時代です。
そしてドイツといえば「アウトバーン」を思い浮かべるとおり、速度無制限区間では「自分のクルマがどれだけの速度を出せるのか」を試すことができるわけですね。
参考までに、当時のハイパワーなセダンやワゴンと言うと「メルセデス・ベンツE500(1991年)」「メルセデス・ベンツSL600(1988年)」「BMW M5(1994年)」があり(後にアウディもRS6にてここに加わる)、これらのクルマの登場を契機として紳士協定が導入されたという背景が存在します。
この紳士協定は「メルセデス・ベンツ」「BMW」「アウディ」というドイツ御三家、つまりジャーマンスリーによって定められたもので(しかしほかの一部のメーカーもこれにあわせて最高速を250㎞/hに制限している)、これら3社が250㎞/hの速度制限を導入した理由は主に2つ。
まず第一に、当時(今も)それぞれのメーカーが競い合っており、常に最速で最強のドイツ製スポーツセダンを市場に投入しようとしていたわけですが、これによって「開発費が高騰し」収益を圧迫してしまう可能性が顕著となってきます。
よって3社は「最高速を規制し、開発コストを抑える一方」、加速タイムや標準装備等「別の方向性にて」製品の差別化を行おうということになったわけですね。
ただ、より重要だったのは、(今でもそうですが)アウトバーンでの速度制限に反対する活動家が増えていたことだとされ、ジャーマンスリーのクルマがさらに速くなることにより、アウトバーンの制限なし区間での危険性が高まるという懸念が広がり、その議論を沈静化させるためにも、ジャーマンスリーは「クルマの最高速度を制限することが有効」だと判断することに。
それでも「250㎞/h」という速度は非常に速く、多くのクルマにとって容易に到達できる速度域ではないため、たとえこの速度に上限を設定したとしても、すなわち「そのクルマの性能が低い」と見られることはなかったのだと言われています。
なぜ今でも「250㎞/h紳士協定」が存在するのか?
ただ、そこから長い時間が経過し、250㎞/hに到達できるクルマの数も増え、さらに安全性も段違いに向上しているのですが、この「250㎞/hを上限とする」紳士協定は今でも有効。
よって「250㎞/h以上を出すために特別なクルマを開発する」ための労力含むコストは格段に下がっており、(日本の280馬力自主規制のように)この紳士協定も撤廃あるいは形骸化しても良さそうなものですが、今でもこの協定は強い拘束力を持っています。
そしてその理由のひとつが「タイヤ」。
ブガッティやケーニグセグの最高速が「タイヤによって制限」されているように、一般のクルマ用のタイヤもまた対応できる速度が制限されており(タイヤには速度記号というものが存在する)、そして一般車向けのタイヤの多くは「250㎞/h以上での走行」に耐えうるように設計されていないという事実が存在します。
すべてのタイヤには速度等級が設定されていて、その等級(速度記号)はタイヤのサイドウォールに表示され、例えば、Hは210㎞/h、Vは249㎞/h、Wは270㎞/hという具合なので、実際には250㎞/h以上で走行できるタイヤも存在することは存在するものの、しかし低い速度記号を持つタイヤに比較すると「段違いに高価」となります(開発コストや製造コストが高く、その割に販売本数が少ない)。
そして自動車メーカーとしては、「ほとんどの人が出さないであろう、250㎞/h以上の速度域での走行を可能にするために」こういった高価なタイヤを装着し車両価格を引き上げようとは考えず(交換の際の費用も高くなり、顧客離れを引き起こす可能性もある)、よって「いまだ高性能車のみが到達しうる一つの基準」である250㎞/hを上限として開発を行っているわけですね。
そしてもうひとつ、自動車メーカーが250㎞/h以上を出したくない理由としては「安全性」。
現代の技術だと、250㎞/h超える速度を出せるクルマの開発自体はそれほど難しくはありませんが、安全にそれを実現するためには大きな技術的な課題があります。
つまり「その速度が出る」ということと、「その速度で安全に行動を走り続けることができる」ということとはまったく別の問題で、例えば、強力なブレーキ、安定したサスペンション、高速走行時に車体が不安定にならないような設計が求められます(初代アウディTTは高速域でのリフトが問題となり、つまりエンジンパワーに空力性能が追いついていなかったことを意味する)。
そしてこれらの課題を改善するには、設計そのものを見直したり、アクティブエアロを装備したり、可動パーツの強度や品質を向上させたりといった変更が必要となり、これらの変更は「ほとんどの人がそれを必要としないのに」車両価格を大きく引き上げてしまうことに。
もちろんそういった「(一般の消費者にとって)不必要な高性能を担保するため」ドカンと価格が上がってしまったセダンやワゴン、SUVを(スーパーカーであればいざ知らず)購入しようという人は多くはなく、よって自動車メーカー側としては、この250㎞/h紳士協定が非常に「大きな意味を持つ」「これを皆が遵守することで開発コストを無意味に上げずに済む」と判断しているわけですね。
ただし紳士協定には例外も
しかしながら、メルセデス・ベンツ、BMW、アウディのクルマであっても「紳士協定にマッチしていない」例外も存在し、たとえばメルセデス・ベンツだとAMG専売モデルではこの協定の影響を受けず、メルセデス・ベンツからの「派生」AMGモデルであっても一部はオプションの選択によって「250㎞/hよりも速く」走れるように。
これはBMWやアウディでも同じで、オプションあるいは限定モデル、その自動車メーカーの特別な部門によって製作されたクルマなどは「紳士協定の対象外」。
ちなみにですが、ポルシェの場合はそもそも紳士協定に加入しておらず、よって「250㎞/hの制限」とは無関係ではありますが、一部EVでは、バッテリーの消耗を防止するために速度リミッターを取り入れており、今後いかにEVがハイパワー化しようとも、「航続距離を確保する」ためにもジャーマンスリー、これに分譲したいくつかの自動車メーカーは紳士協定を守り続けるのかもしれません(その意味でも紳士協定はありがたい存在である)。
逆に、上述のポルシェ、そしてフェラーリやランボルギーニ、マクラーレンなどのスーパーカーメーカーは基本的に速度リミッターを導入しておらず、それはつまり「どのような速度域であっても、車体は常にコントローラブルである」という品質に対する自信のあらわれであると受け取ることも可能です。
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