
1. ポルシェの技術哲学:「継続性」という原則が長期的な成功の礎を築く
ポルシェほど「ブレない」自動車メーカーも珍しい
さて、ポルシェの「一貫性」については折に触れて紹介していますが、この基礎は20世紀の幕開け前、ポルシェ創業者であるフェルディナンド・ポルシェによって確立されたもの。
当時すでに「今日に至るまで、一貫して追求されている技術哲学と起業家哲学」を確固たる信念とともに持っていたとされ、その後もポルシェはこの起源に忠実であり続けることで長期的な成功を成し遂げています。
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ポルシェのハイブリッド戦略:「伝統とビジョン」が拓く未来のパフォーマンス。ポルシェの第一号車は「EV」、そしてそこから現代につながる基本思想とは
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競争によって技術革新と効率向上が成し遂げられる
フェルディナンド・ポルシェは当初より「競争こそが技術革新と効率向上を加速させる」と確信しており、彼から始まったこの道は、後に息子のフェリー・ポルシェによって、1948年に「ポルシェ」の名を背負った初のクルマ、356 “No.1”ロードスターの発表とともに未来へと続くことになります。
Image:Porsche
1-1. 歴史は「電撃的」に始まった:EVとハイブリッドの先駆者
ポルシェの歴史はまさに“電撃的”に始まっており、19世紀末、若きフェルディナンド・ポルシェはすでに革新的な駆動技術の開発に取り組み、1900年のパリ万国博覧会ではハブモーターが駆動する革新的な電気自動車、ローナーポルシェシステムを発表し、国際的にも知られる存在に。
さらに彼は、モーターとエンジンを組み合わせるというアイデアを追求し、同年には世界で初めての実用的なハイブリッド車、ローナーポルシェ“Semper Vivus”(「常時活発」の意)を誕生させます。※いわゆるレンジエクステンダーEVであり、充電ができない環境においても内燃期間が「発電」した電力を使用し走行できた
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このコンセプトを絶えず発展させたローナーポルシェの“Mixte”は、ハイブリッド駆動技術の実用性を実証した最初の市販車だとされていますが、このテクノロジーは、それから100年以上経った2010年、ポルシェが「インテリジェントパフォーマンス」のスローガンのもと、3つのハイブリッド車両を展開し、創業者の遺産を未来の技術として展開することで”復活”を果たしており、たゆまぬ研究開発によってさらなる可能性が追求されているというのが現在の状況です。
1-2. 効率を追求する軽量設計のDNA
上述の「効率向上と技術革新への確信」は、ポルシェのDNAの黎明期において軽量設計という基盤に繋がります。
フェルディナンド・ポルシェは、いたずらに出力を追求するのではなく、出力が足りない部分は、空気抵抗を最小限に抑え、重量を可能な限り抑えることで補うという哲学を持っており(このあたり、エンツォ・フェラーリとは真逆である)、その典型的な例が、1922年にシチリア島のタルガ・フローリオで初披露された小型車のレーシングバージョン、Austro-Daimler ADS-R“サーシャ(サッシャ)”です。※当時は自動車に関するあらゆる分野が未発達であり、そのため「速さ」を追求する方法がひとつではなかったところが面白い
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え?ポルシェが100年前のメルセデス・ベンツを復元?この「ADS R サッシャ」はポルシェ創業者がベンツ時代に設計し、そしてポルシェを設立するきっかけになったクルマだった
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このサーシャは徹底した軽量設計を持っていて、さらには効率化の観点から重量配分の最適化がなされ、この「軽量化」「重量配分の最適化」は現代のポルシェにまで通じる重要なファクターです。
そして今やどの自動車メーカーにとっても「常識」ではあるものの、ここにいち早く目をつけたのがフェルディナンド・ポルシェの「先見性」ということになりそうですね(エアロダイナミクスや重量配分には誰も注意を払わない時代が存在した)。
そしてこの要素はフェルディナンド・ポルシェが関わった自動車メーカー、そしてポルシェにおいては以下のような形で実現されています。
• アウトウニオンの伝説のクルマ「シルバーアロー」では、16気筒エンジンをドライバーの真後ろに搭載し、最適な重量配分を実現
• この原則は、550スパイダー、914、ボクスター、そしてスーパースポーツカーのカレラGTなど、現代のレースでも成功の鍵を握るセオリーの一つとなる
2. 時代を超えて洗練される革新技術
”設計士”フェルディナンド・ポルシェのもう一つの特徴は、先駆的な技術の発明に自ら取り組むことで、その中から未来を予言するイノベーションを嗅ぎ出し、有能なチームとともにそれを徹底的に洗練させていった点。
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2-1. 技術の「洗練」と実用化:ターボ技術の継承
この「洗練」の哲学が最も明確に現れた例がターボ技術であり、実際のところターボ技術自体はポルシェが発明したテクノロジーではないものの(最初の特許は1905年に遡る)、しかし1970年代にフェルディナンドの孫にあたるフェルディナンド・ピエヒの指揮のもと、実用化のために洗練され実用化に至ったという歴史を持っています。
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1962年のオールズモビルに始まるターボの歴史。1975年のポルシェ930ターボにて本格的なターボチャージャー時代が幕を開け、現代では「電動ターボ」、そして未来へ
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まずレーシングカーの917に搭載されたこの技術は、「サーキットからストリートへ」というポルシェの原則に対して忠実に、市販車である911 (930)ターボへと受け継がれることに。
この技術移転こそが、フェルディナンド・ポルシェの考えとして当初から存在したもので、今日に至るまでポルシェの哲学の柱となっているのですが、この原則を体現する存在として、現在に至るまで「911ターボ」が伝統的に各911世代の技術的頂点をマークし続けてきたという事実も存在します(911ターボが「最新技術の見本市」であるのにはこういった理由があり、これこそが911ターボの存在意義でもある)。
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2-2. 構造の不変性:水平対向エンジンとサスペンション
ポルシェのアイデンティティを特徴づける技術的な不変性は駆動原理にも見られ、まず1932年、ポルシェはバイクメーカーからの依頼で小型車の開発に着手し、リアに5気筒ラジアルエンジンを搭載したタイプ12(後にVWビートルの祖先となる風貌)を設計することに。
さらには初の水平対向エンジンをリアに搭載したクルマがNSU社のための「タイプ32」として開発されています。
このリアに搭載された水平対向エンジンという駆動原理は、第二次世界大戦後、ビートルに何百万回も採用されただけでなく、ポルシェ自身の356や911といったスポーツカーにも採用されることになるのですが、この技術的な不変性が、今日”世界でも偉大なスポーツカー”でもある911の基盤となったわけですね。
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その他にも、1931年8月10日に特許申請されたトーションバー・サスペンションは、今日でも自動車生産で使用されている、ポルシェが立ち上げた自動車技術史のマイルストーンのひとつとして数えられます(普段目にする技術や構造であっても、意外とポルシェの発案だったというものが少なくない)。
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3. 【ランキング】ポルシェの歴史を築いた三大イノベーション(継続性の原則に基づき選定)
ポルシェの長期的な成功を支えた「継続性」の原則に基づき、創業期から現代まで最も影響力のあった技術的・設計的マイルストーンをランク付けすると以下の通り。
順位 | イノベーション | 影響と継続性 | 関連する初期モデル |
1位 | 電気駆動/ハイブリッドシステムの確立 | 100年以上後の現代のBEV(タイカン)やプラグインハイブリッド(パナメーラE-Hybrid)へと繋がる、ポルシェの歴史の「電撃的な」起点。 | ローナーポルシェ、Semper Vivus |
2位 | 軽量設計と重量配分の最適化 | 「出力不足を効率で補う」というポルシェの基本哲学。550スパイダー、ボクスター、カレラGTなど、ミッド・リアエンジンレイアウトの成功の鍵。 | ADS-R“サーシャ”、アウトウニオン「シルバーアロー」 |
3位 | リア搭載水平対向エンジンの駆動原理 | フォルクスワーゲン(ビートル)から356、そして911へと受け継がれ、ポルシェのアイデンティティを確立した「技術的な不変性」の象徴。 | タイプ12、タイプ32 |
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4. 最新市場動向から見る「継続性」の現代的意義(考察)
現代の自動車市場は、急速な電動化(BEV/PHEV)とソフトウェア定義車両(SDV)への移行という大きな変革期にあり、ポルシェの「継続性」の原則は、この最新の市場動向において、極めて重要な役割を果たしています。
4-1. 創業者の遺産と未来技術の展開
ポルシェは現在、タイカンやマカンエレクトリックなどのBEVや、効率性の高いハイブリッド駆動システム、そして従来の燃焼エンジンのモデルを幅広く揃えてモビリティの未来への道を切り開いています。
これは単なる(規制に対応するための)現代のトレンドへの追従ではなく、フェルディナンド・ポルシェが1900年代に実用的なハイブリッド車(Semper Vivus)や電気自動車を設計していたという事実を考慮するに、現代の革新的なプラグインハイブリッドやフル電動スポーツカーへの移行は「そのルーツへの回帰」であり、「創業者の遺産の展開」であることを示しています。
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ポルシェは「世界初の電気自動車」だけではなく、「世界初のハイブリッド」「世界初のエレクトリック4WD」を作っていた。とくにハイブリッド車は300台が量産されタクシーにも
| こういった経歴を見るに、ポルシェ創業者は文字通り「時代を超えた発想」を持っていたようだ | そしてその精神は今なお健在である さて、ポルシェ創業者であるフェルディナント・ポルシェが「ガソリン車を作 ...
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ポルシェの歴史は常にその時代の求めに応じ、その時代に実現しうる最高の技術をもって未来を見据えるクルマを発展させてきたというものですが、現代の市場が求める高効率、高出力、低排出ガスという要求に対し、ポルシェが創業期から変わらない「効率向上」と「革新」の哲学(Intelligent Performance)を適用し、未来の技術を展開しているのだとも考えることが可能です。※ポルシェは燃費向上のないパワーアップは行わず、常に効率を重要視している
4-2. 開発部門の継続性とグローバル展開
かつて小さな設計事務所(1931年設立)としてスタートしたポルシェではあるものの、現在ではポルシェエンジニアリンググループGmbHとして未来へ前進しています。
このグループはドイツ、チェコ共和国、ルーマニア、イタリア、中国の拠点で約1,700人の従業員を擁するグローバル企業となり、その知見は先駆的な自動車開発にとどまらず、機能やソフトウェアといったテーマにまでも広がることに。
これは、フェルディナンド・ポルシェが優秀なチーム(カール・ラーベ、ヨーゼフ・カレス、エルヴィン・コメンダなど)とともに設計事務所を立ち上げ、緊密に協力するチームを基盤に絶え間ない成功を目指したという初期の哲学(家族のようなチームという価値観)が、グローバルな開発体制にも継承されていることを示しています。
そしてポルシェの「継続性」の哲学は、単に過去の技術を保持するのではなく、過去の基盤(効率、軽量、洗練)を現代の電動化やソフトウェアが抱える課題に適用することにより、長期的な企業安定性を確保してグローバル市場でのプレゼンスを確保し続けているという事実を見て取ることも可能です。
5. まとめ:ポルシェのアイデンティティとしての継続性
ポルシェの歴史は、フェルディナンド・ポルシェが確立した「継続性」という揺るぎない原則によって織りなされてきたことがわかるかと思いますが、初期の「EV/ハイブリッドへの取り組み、軽量設計、そしてターボ技術の「洗練」、水平対向エンジンの不変性」といったDNAは、現代のタイカンや効率的なハイブリッドモデルに息づき、創業150年を経た今も、ポルシェをかつてないほど躍動させている、ということになりそうです。
Image:Porsche
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参照:Porsche