
| フェラーリにとってのV6は「もうひとつの歴史」である |
「伝統のV12」に対し「革新のV6」だと言い表すこともできそうだ
フェラーリといえばV12を思い浮かべるファンが多いかもしれませんが、実はV6エンジンもまた、フェラーリのDNAに深く刻まれた存在です。
そこには、創業者エンツォ・フェラーリの息子ディーノの情熱と悲劇的な物語があり、フェラーリとV6エンジンとの関係は、その歴史の中で何度か変化してきましたが、近年では再び非常に重要な位置を占めるようになっています。
ここでF1から現代のハイパーカーに至るまで、フェラーリV6エンジンの進化を振り返ります。
ディーノ・フェラーリが託した夢とV6エンジンの誕生
フェラーリが最初にロードカーにV6エンジンを搭載したのは1960年代後半の「ディーノ」シリーズ。
この名称は、創業者エンツォ・フェラーリの若くして亡くなった息子、アルフレード・“ディーノ”・フェラーリがV6エンジンの開発に深く関わっていたことに由来します。
病に倒れたディーノ・フェラーリ(病については諸説ある。筋ジストロフィー説が有力だが、糖尿病説もある)は、F2レース用V6エンジンの構想を病床で語り、エンツォの右腕であった技師、ヴィットリオ・ヤーノとともにその基礎を築いたとされ、その後この「ディーノV6」はまずレーシングカー用として1.5リッターという排気量とともに誕生し、1957年ナポリGPなどで実績を残します。
F1初のV6搭載マシン、そして初優勝へ
そしてこのV6エンジンの排気量は進化を続け、1958年には2.4リッターへ。
246 F1はF1初のV6搭載マシンとしてマイク・ホーソーンがフランスGPで優勝を飾り、フェラーリにとって初のV6チャンピオンマシンとなったわけですね。
Image:Ferrari
フェラーリが選んだミドシップの未来と「シャークノーズ」の栄光
1961年になると120度V6を搭載した156 F1「シャークノーズ」が登場し、このマシンは重心を下げ、コンパクトで剛性の高い構造を持っており、フィル・ヒルが世界チャンピオンに輝いています。
スポーツカーにも広がったV6の可能性
さらにディーノ196 Sや246 S、さらには206 SPなど、V6エンジンは(F1のみではなく)スポーツカー選手権でも活躍し、軽量・コンパクトな特性を活かしてヒルクライムやタルガ・フローリオでも実績を残すことに。
なお、ここで補足しなくてはならないのは当時の「F1とF2との関係性」。
当時のF2はF1の登竜門という位置づけで、その性格、レギュレーション的にF1と近く、実際に1952年と1953年には、F1世界選手権がF2レギュレーション(2リッター自然吸気エンジン)で競われています。
Image:Ferrari
これは、当時のF1における参加車両の不足が懸念されたための一時的な措置ではありましたが、フェラーリはこのレギューレションに対応するため、そしてここにチャンスを見出し「V6エンジン」に着目するわけですね。
そしてV6エンジンに見出した「可能性」としては、以下が挙げられています。
- 将来的にはモータースポーツにおいて「小排気量化」がトレンドになると踏まえ、その先鞭をつける(技術的優位性の確保)
- モータースポーツにてV6エンジン搭載車が「勝利を量産」することでフェラーリのエンジニア能力の高さを世界に示すことができる(ブランド価値の向上)
- よりコンパクトで経済的なV6エンジンを開発し、それをロードカーに搭載し安価に販売する(収益機会の拡大)
つまりV6エンジンは短期的なレースレギュレーションへの対応だけでなく、長期的な技術開発戦略と、新たな市場への参入を目指すビジネス的な狙いも存在していた、ということになりますね。
もうひとつ補足しておくと、F2に参戦するためには、「搭載されるエンジンと同型のエンジンを積む市販車が500台以上生産されていなければならない」というレギュレーションが存在し、よってV6エンジンの開発については「市販車とモータースポーツとがセット」であったということを意味します。
フェラーリ初のV6市販車「ディーノ」、バッジなき伝説
そして1967年、ついにV6エンジンを搭載した市販車である「ディーノ206GT」が登場。
エンツォ・フェラーリはフェラーリブランドを守るため、「V12搭載車以外はフェラーリとは呼ばない」としててこのクルマに「ディーノ」のエンブレムを与え、フェラーリの”跳ね馬”を取り付けることを許しませんでしたが、その一方で「顧客の要望があれば」プランシングホースへのエンブレム変更を行ったという話もあるもよう。
フェラーリの名を冠しはしなかったものの、このディーノ206GTはそのデザインとエンジンフィールで今なお高く評価されていて、しかし当時のフェラーリでは生産能力と販売能力が限られており、生産台数はわずか150台にとどまります(それでも当時のフェラーリとしては少なくない)。
そして上述の通り、F2参戦には「500台の市販車販売」という条件が壁として立ちはだかり、よってディーノのみではこの壁をクリアできず、よってこの解決策として取られたのが「フィアット版ディーノ」の併売です。
この「フィアット版ディーノ」は後から考えられた策ではなく、当初から「フェラーリ単体で500台をクリアすることはできない」として準備されていた計画で、フィアット版はその名もズバリ「フィアット ディーノ(Fiat Dino)として発売されることに。
ただしフィアット版ディーノはフロントエンジン、フェラーリ版ディーノはミドシップという違いがあったほか、フィアット版ディーノの「クーペ」はピニンファリーナデザイン、「オープン」はベルトーネデザインというユニークな棲み分けが図られていて、さらにフィアット版ディーノは「レギュレーションをクリアするため(販売台数を稼ぐため)、安価に設計・製造・販売」されたというので、フェラーリにおける「V6計画」がいかに慎重に、かつ用意周到に進められたかがわかります。
「ディーノ」ブランドは短命に終わる
1970年代半ばになると、エンツォ・フェラーリはディーノブランドを廃止し、246 GTの後継モデルである308 GT4からは「フェラーリ」のバッジがつけられるようになりますが、これは、ディーノが市場で成功を収め、そのコンセプトが広く受け入れられたこと、そしてV6エンジンがその成功によって「フェラーリ」の名を冠するにふさわしい存在にまで成長したこと、それらを背景としてフェラーリのラインナップに完全に統合される時期が来たことを示すものと見られています。
ただ、一方では、北米のフェラーリディーラーであるキネッティからは「ディーノブランドでは販売が難しく、フェラーリブランドに統合してほしい」という要望が度々上がっていたそうで、最終的にエンツォ・フェラーリが「北米にあるディーノの在庫車のエンブレムを全部フェラーリに付け替えて販売するよう」指示したという話も聞かれるようですね。
かくしてディーノブランドは(1967年~1974年という)短命に終わったものの、フェラーリの伝統的なV12エンジンとは異なる道筋を提示し、そのブランドの核であったV6エンジンはフェラーリの多様な魅力を広げた画期的な存在だったと言えそうです。
ハイブリッド時代の象徴、296GTBと499Pの登場
そこからずっと(50年以上も)フェラーリの「V6ロードカー」は途絶えることとなるのですが、2022年に登場した「296 GTB」でついに”V6エンジン”が復活。
発表前には「ディーノ」という名称になるのではと言われ大きな期待を集めたものの、当時フェラーリは「ディーノはフェラーリの顧客の間口を広げるために企画されたアフォーダブルなクルマであったが、296GTBは安価に販売するエントリーモデルではない」としてディーノの名を使用したなかった理由について説明しています。
ただ、この296GTBに積まれるV6エンジンはル・マン・ハイパーカー「499P」にも搭載されるなどモータースポーツとのつながりが非常に強く、そして当初から「レーシングカーとロードカー両方に搭載する」ことを前提として設計されており、このあたりは「ディーノ」誕生の経緯との関連性を感じさせるところ。
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フェラーリとV6エンジンの関係は、かつての「ディーノ」という伝説的なモデルに始まり、一度は途絶えはしましたが、現代の技術と環境ニーズに対応する形で「プラグインハイブリッドの核となるパワートレイン」として再び脚光を浴びているというのが現在の状況です。
そして最新のV6エンジンは、フェラーリの今後の電動化戦略において、高性能と効率を両立させるための重要な要素となっていて、実際にこのエンジンは「フェラーリの現在を象徴するハイパーカー」F80にも搭載されており、こういった流れを見るに、フェラーリのV6エンジンは「V12とは異なる流れと性質を持ち」、伝統のV12に対し、フェラーリの革新と情熱を象徴する存在であるとも捉えています。
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