
Image:Porsche
| テストドライバーの負担を軽減する「デジタルアシスタント」 |
現代では「開発期間の短縮」はコストに直結する大きな課題である
さて、現在多くの自動車メーカーが直面する課題がその「コスト」。
コストの高いクルマは競争力を失うばかりか、その収益性にも大きなインパクトを与えることになり、そのため各社とも「どうやってコストを下げるか」に腐心する毎日です。
なお、「コストダウン」というと品質を下げたりというイメージがあるものの、ブランド力を維持あるいは向上させることを考慮すると「品質を下げずにコストを下げる」必要があり、ここがまた自動車メーカー各社の開発現場を悩ませる”頭痛の種”となっています。
ポルシェが「画期的な」開発アシスタントを開発
そしてポルシェも「開発コストの削減」に対して注力する自動車メーカーのひとつであり、今回公開されたのが「テストドライバーの手間を減らす新しいアプリ」。
新しい自動車機能の開発現場では、テストドライバーが新機能の技術的な異常を特定し、記録し、開発部門に報告するという”非常に手間のかかる作業”を担っています。
特にADAS(先進運転支援システム)や、複雑化するパワートレインの問題検証には膨大な時間を要しているわけですね。
しかしポルシェ エンジニアリングが開発した「ComBoxアプリ」は、この課題を解決するための「エンジニアのコンパニオン」、そしてデジタルアシスタントとして機能するといい、このアプリはテスト車両の関連測定データを記録し、AIの助けを借りてその場で評価を行った上で結果とデータを自動でクラウドに送信するのだそう。
「手動での作業負荷を削減し、効率を高め、テストおよび故障排除プロセスにおける人為的エラーを削減します」
ヤン・ウェルナー(ポルシェ エンジニアリング プロジェクトマネージャー)
ハイエンドスマホを活用した「Edge Computing」の力
ComBoxアプリのプラットフォームには市販のハイエンドスマートフォンが採用されていますが、このスマホの計算リソースの大部分が、ポルシェ エンジニアリングによって独自に開発されたもの。
なお、インターフェースがアップルカープレイと似ていることから、アップルとの連携があったことも推測でき、実際のところ、市販車において「アップルカープレイと車両との統合」を行うのであれば、そもそも開発の段階から統合を行っていたほうが「効率的」であるとも考えられます(実際のところ、このComBoxをポルシェが独自に開発し、また別にアップルカープレイが車両の情報を吸い上げるという仕組みを考えること自体が開発期間の長期化を招く)。
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1. データロガーとの連携
アプリが機能するための前提となるのが、車両バス(CAN、LIN、FlexRay、Automotive Ethernetなど)へのアクセスで、アプリは、ポルシェ エンジニアリングの「Car Data Box」などのデータロガーから車両システムの状態に関するすべての情報を受け取ることに。
このデータは、Ethernet-to-USBアダプターを介した有線接続、または車載Wi-Fi経由の無線接続でスマホに転送されます。
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2. 現場処理(Edge Computing)でデータ転送量を削減
このシステムの最大の特徴は、「Edge Computing(エッジコンピューティング)」を採用している点。
アプリは多くの計算を車両内で直接実行し、重要なシナリオを測定データから特定するそうですが、これにより評価のためにクラウドに送信する必要があるデータ量が大幅に削減され、開発と検証の効率が向上します。
開発効率を劇的に向上させる6つの主要モード
ComBoxアプリには、テストドライバーの作業を効率化するための6つの異なるモードが用意されており、その内容は以下の通り。
| モード名 | 目的と機能 |
| Standard / Single | 異常発生時、ボタン操作で手動トリガー。トリガー前後の定義された時間枠(例:前後3分間)のすべての測定データを記録しクラウドにアップロード。音声メモの自動テキスト化機能も利用可能。 |
| Acoustic Detection | AI(ニューラルネットワーク)を活用し、車内の不要な騒音(ターボチャージャーの異音、特定の風切り音など)を自動検出し、関連する車両データと共にクラウドへ送信。原因特定にかかる手間と時間を大幅に削減。 |
| Infotainment Recording | インフォテインメントシステム(ドライバー、センター、パッセンジャーディスプレイ)の画面を走行中に記録。異常発生時にボタンを押すだけで発生前数秒間を含むショートビデオを自動アップロード。 |
| Scene Recognition | (開発中) ADAS機能のテストに関連する交通シナリオ(例:前方を走行する車両に割り込まれる)を、速度、ブレーキ圧などの信号からAIで自動検知し、関連データをクラウドへ送信。 |
| Shift Report | テスト走行後の作業。繰返し実施される耐久テスト(トランク開閉回数など)の回数や結果を車両信号から自動でレポートに部分記入し、手動での記録作業とヒューマンエラーを削減。 |
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革新的なADAS検証と将来の展望
テスト車両全体が「パターンハンター」に
特に「Scene Recognition(シーン認識)」モードは、ADAS検証の方法を根本的に変える可能性を秘めていて、開発者は特定のシナリオパターン(イベントの順序と信号の組み合わせ)をクラウドからComBoxアプリ搭載のすべてのテスト車両に送信可能。
これにより、特定のADASテストのために専用車両を用意するのではなく、ComBoxアプリが稼働しているテスト車両全体を興味のあるパターンの「探求者(パターンハンター)」として活用できるようになるといい、これによって「特定の専用テスト走行を別途実施する必要がなくなり、大幅な時間短縮につながる」とウェルナー氏は述べています。
独自の製品としての提供へ
ComBoxアプリの6つのモードは既に実務で有効性が証明されているそうで(つまり、最新のカイエンEVはこれを使用して開発されたと考えていい)、継続的に機能強化が進められているとも説明され、ポルシェ エンジニアリングは将来的に、このツールをバックエンドクラウドを含めた単体の製品として産業顧客に提供する計画がある、とのこと。
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顧客の要件に応じて、異なるモードを個別に追加することも可能になるとされ、今後はいくつかの自動車メーカーがこれを採用することとなるのかもしれません。
ComBoxアプリは、車両開発の質を高めつつ、開発プロセスを劇的に効率化する、まさにデジタルトランスフォーメーション(DX)時代の新しいエンジニアリングツール。
開発の手間を削減するだけではなく、その性能や信頼性を大きく引き上げてくれることとなりそうです。
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